ぽい、とバスルームに放り投げられて、
まだ湯の出てこないシャワーで冷水を掛けられた。
服を着たままだから結構に不快だ。
水が入ってぼやけた視界をぱちぱち、整えていたら、
あーもう!、と僕をバスルームに放って冷水をぶっ掛けた人はもどかしそうに言った。


「なにするの」


そう言ったらどうなるかわかっている。
わかっているから言ったのだ。


「なにするのじゃねぇよ、ったく、」


案の定過ぎる悪態に笑みがこみ上げてくるのを必死で抑えた。

修行の後、毎度泥まみれになってるのは何故か僕の方だけで、
それが無性に悔しい時もある。
だからというわけではないが、ある日あなたにシャワーを勧められたのを、なんとなく嫌がった。
するとなんやかんやと世話を焼きたがるこの人が、
僕を引きずってまでバスルームに連れて行こうとするので、
そのうちなんだかおもしろくなってきてしまったのだ。
汗と泥と自分の血なんてむしろ1秒でも早く洗い流したいが、
学校の屋上から駄々をこねて、あなたに手を焼かせて、このホテルのバスルームまで無理矢理連行されるのがひとつの楽しみになりつつある。

あなたは呆れ顔で、次第に寒さでぶるぶる震えてきた僕の服を脱がし始めた。
肌に貼り付くそれを甲斐甲斐しく丁寧に脱がしていく、
幼児にでも戻った気分だ。


「お前ほんとに修行の後のシャワー、嫌いだよな」

「嫌いじゃないよ」


シャツを剥がし切ると、今度はベルトをがちゃがちゃ緩めた。
やましい事をするのには必ず通る行程であるので、
あなたの手は躊躇いも無く、まったく慣れた調子でそれを外した。


「じゃあなんでこんな嫌がるかな」


ズボンの両裾を両手で掴んだあなたは、
腹いせとばかりに思い切り、引っ張った。
僕はバランスを崩して浴室の床に転倒する、
そして下衣はと言えばあなたに引っ張られて脱がされて、
良く出来たコントみたいだと冷たい床に寝転がりながら思った。


「こら、寝んな」


そっちがすっ転ばせておいてまったく酷い言いようである、
しかし怒りよりも好奇心が湧き上がってしまって仕様が無い。
不機嫌そうな顔のあなたに、ん、と手を伸ばした。


「選んで」

「あ?」

「起こすか、犯すか」

「起こすわ」


両手を掴まれて軽々と上体を起こされた。
なんとつまらない。


「ねぇ、なんで僕だけ服脱いでるの」

「お前が泥まみれだからだろ」

「あなたも脱ぎなよ」

「なんでだよ」


もー、と濡れた髪をわしわし、乱暴にかき混ぜられた。
あなたは怒っていても可愛い。
増してやその怒りが僕に向いているのだと思うと堪らない。
普段あんなにも、優しくて穏やかで紳士的なこの人を、
こんな風に怒らせる事が出来るのはきっと僕だけだ。
あぁ可愛い。可愛い。好き。
もっともっと怒れば良い。僕だけに。


「ねぇ、」

「はいはい」


僕の言葉を遮って、あなたは暖かいお湯の出るようになったシャワーで僕の冷えた身体を流した。
その手つきはいつものあなたの優しいそれで、
暖かい手が僕の髪の束を梳かしていく。
何故だか負けた気分になる。
怒ってるならもっとぞんざいに濡らしてくれたって良いのに。
そういえばこの人は僕よりずいぶん年上だったな、と思い出した。


「ねぇ」

「はいはい」

「ねぇってば、」

「うゎっ!」


しかし適当にあしらわれるのには腹が立って、
手のひらで思い切りシャワーヘッドを塞いでやった。
辺りに水しぶきが四散して、あなたの髪や服も派手に濡れた。


「お、っ前なぁ!」

「あなたが言う事聞いてくれないからだよ」


いくら僕の心が寛大だからと言って、
許されざる事だってあるという事だ。
例えば適当な相槌は万死に値すると思ってもらいたい。
だがしかし、相手は世界で唯一惚れているこの人だし。


「大目に見てあげる」


白く反射するタイルの上でシャワーヘッドが踊る。
すっかりずぶ濡れなあなたの服を脱がしに掛かると、
諦めた様な顔で大人しくされるがままになってくれた。
現れた刺青の映えた白い肌に手を這わせると、
どうにも気分が高まってくる。
僕が大好きで仕方が無い人間の肌だ。


「キスで良いよ」


言えば、再び冷え始めてきた身体を抱き寄せられた。
ぐんと近くなる距離にどきどきする、
僕はこんなにも人間みたいな感情を持っていたのだ。驚きだ。
図ったみたいにふたりして同じタイミングで目を閉じて、
そして予想した同じタイミングで唇が触れた。
同じように離れて、同時に目蓋を開ける。
しかしあなたの怒り顔は、その一瞬のあいだに意地悪顔になっていて、
少しばかり、焦った。


「…なんで素直に、キスしてって言えねぇの?」


冷ややかな目をしてあなたは言うと、僕の首筋を舌で舐め上げた。
背中をぞわぞわとなにかが這っていって、
思わずあなたの腕に縋りつく。
濡れた髪の中に手を突っ込まれて、上を向かされると、
今度はなにも言ってないのにキスされた。
無遠慮に押し入ってくる舌が口の中を泳いで、
僕のそれとを絡められてしまえば、途端に息など出来なくなる。


「ん、」

「あんまり大人をからかうなよ?」


太陽と同じ色の瞳が、ぎらぎら、僕を見つめていた。
なんとなく直視し難く目を瞑ったら、逃げんな、と身体を揺さぶられた。


「お痛が過ぎるな、恭弥」

「…っや、」


急に早急になったあなたの手から逃げ出そうともがく。
こんな時ばかり、シャワーから流れる水しぶきが目蓋に降りかかって邪魔をする。
あなたは一層低めた声と冷めた目で、僕の顎を指先で掴んだ。


「お仕置きな」


怒ってる、なんてもんじゃない、
普段のへなちょこからあまりに別人の様なあなたに怖くなってしまって、
脱がし掛けていたシャツの裾をぎゅうと掴む。
微動だに出来ずにじっと視線を送っていたら、あなたは、なんだよ、と促す。


「……嫌いになった?」

「…なったっつったら?」

「…ごめんなさい、」


確かに怒らせたかったのは事実だが、
あなたに嫌われたいわけでは決してないのだ。
つん、とすました視線を返してくるあなたにそわそわして、
ぱちゃぱちゃ、水の流れる音だけがしばらく響く。
その音に、急にあなたの笑い声が混じった。


「……、」

「そんな、泣きそうな顔すんなよ」


はは、と笑うあなたはすっかりいつもの調子で、
可愛いなぁ、と頭を撫でられて本当に泣きそうになった。


「嫌いになるわけねぇだろ、なめんな」


乱暴な口振りで、でも反して甘い瞳で額に唇を押し当てながら言う。
どうせなら唇にして欲しかったので顔を上げたら、
当然の様に望む場所にキスをしてくれた。


「でも、なんかわかんねぇけど、意地悪したい気分」

「…いじめたいの?」

「ん、すっげーいじめたい」


低めた声で言いながら脇腹を撫でられて、
思わず背筋がぴんとした。


「もっと可愛い恭弥が見てぇな」


指先が胸元に、下肢に、伸ばされる。
その手つきはいつものあなたの優しいそれで、
暖かい手が僕の身体を溶かしていく。
何故だか負けた気分になる。

いじめたいなら、もっとぞんざいに濡らしてくれたって良いのに。




 ぞ ん ざ い に 濡 ら し て         









120929.



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