下駄箱にラブレター? 今の時代は電子メール? それともやっぱり直談判? 奇しくも屋上って、告白向き。 堂々巡りも堂に入った、 果たしてこれで何周目だろうか。 いくらレコードを回したって、針を落とさなきゃ音はしないのだ。 行動を起こさず、展開の無いまま、 このまま盤面が擦り切れて消えていってくれるんなら、いっそありがたい。 いったいいつまでこの関係は保つだろう。 師匠と弟子、先生と生徒、教える人と教わる人、 僕らの現在を表す言葉はいくつもありそうだけど、 結局みんな同じ意味なのだ。 しかしその言葉はどれも、僕の現在のもやもやの意味は持ってない。 あの人に向く好意が紛れもない確信になったのはもうずいぶん前の事なのに、 好意の上から強引に敵意を被せてそれを悟らせないようにして、 隠した事によって状況には進展も後退も、なんの変化も起こらなくなった。 僕自身としては、叶うもんなら現在のこのまま、 ずるずる、師弟だなんて曖昧で適当で向こうが一方的に決めた関係のままで居られたら良いと思っていた。 しかしだ。あの人だって暇じゃないんだ、 家庭教師だっていうならいつかは契約期間が切れるだろう。 それを掌握しているのは僕ではなくて、 あの人の気まぐれにすべてが委ねられている。 あの人が僕の才能を十分まで咲かせたら、 あるいは、あの人が僕の才能に飽いたら、 今のこの曖昧で適当な関係は、結局一方的に切られるのだ。 は、と突然意識が現実に戻ってきた。 畳の上に寝転がったまま、気付いたらうつらうつら、眠ってしまっていたらしい。 目が覚めたのは携帯が鳴ったからだ。 畳の上をぶるぶる言いながら僅かに移動するそれをぼんやり眺めてから、メールの送り主を確認する。 風紀委員だ。なにやら繁華街で暴れている輩を見つけたらしい。 のろのろ立ち上がる。 胸の中のどうしようも無い感情も、そいつらを徹底的に叩きのめせば少しは薄まるかも知れない。 肩に学ランを引っかけて、繁華街に向かった。 「…なにしてるの」 委員から連絡のあった駅裏の十字路に出向いたら、 なんとそこには最近の僕の脳内をもやもやさせて止まない張本人が居た。 彼は、よぉ、などと親しげに僕に手を上げる。 彼と向かい合う様に立っていた、暴れていた不良と思しき少年たちは、 僕に気がつくと、ひぃ、とか、やべぇ雲雀だ、と喚きながら逃げていった。 最悪だ。憂さ晴らしの為の獲物には逃げられて、 挙げ句その憂鬱の根元に出会ってしまったのだから。 「偶然、あいつらがぎゃーぎゃー騒いでんの見つけてさ。女の子が絡まれて困ってたから、」 見れば道の端で女子高生が、まるでディーノの影に隠れる様に立っていた。 不良たちの足音が聞こえなくなると、彼女はディーノに走り寄り、 ありがとうございます、と礼を言った。 肩までの長い髪がお辞儀するとさらりと流れて、 その顔に浮かぶ笑みには、ただの感謝以外の感情が明らかに見えていた。 通りすがりのイケメン外国人に窮地を救われた、 さながら運命の邂逅である。 気にすんな、平気だったか、と笑顔で対応するディーノに無性に腹が立ち、 女子高生が鞄から、連絡先でも聞くつもりなのだろう、携帯を取り出したのを見て、 ねぇ君、と割って入る。 「いつまで群れてるつもり。…失せなよ」 自分でも驚く程冷ややかな声が出た。 びくりと肩を震わせた彼女もこの街の人間なのだろう、 すいません、と言っておきながら、 またディーノをちらりと見て、それはもう未練がましく見て、 小走りに去っていった。 「なんだよ、別に群れてねぇだろ」 ディーノが苦笑しながら僕を咎める。 じゃあなんだ、じゃれていたとでも言うのか、 そんなもの群れるのよりも不愉快だ。 増してや、それがあなたならば。 「…恭弥、なんか、怒ってる?」 「別に」 最悪だ。獲物に逃げられ憂鬱の根元に出会い、 挙げ句その人が他人に優しくするところなんて見てしまったのだから。 最低で最悪だ。 「あ、恭弥、飯でも食いに行かねぇ? 俺腹減った」 「勝手に行けば」 「なんだよ、付き合い悪ぃな。そんなんじゃ友達無くすぜ?」 もやもやがいらいらに変わって体内で増殖している。 下唇の粘膜が痛んで、知らないうちに噛み締めていた事に気がついた。 別の群生動物どもを見つけだして叩き潰す事にして、ディーノの横を通り過ぎようとしたら、 手首を掴まれ、反対方向に引っ張られた。 「っちょっと…!」 「良いじゃん。付き合えって」 腹立たしい程人懐こい笑顔で、だけどその笑顔に惚れてしまっている事も事実で、 一回り大きい右手が僕を先導して歩き出す。 はじめから全部やり直しにしたいのだ。 あなたが師弟なんて曖昧で適当な関係を一方的に始める前に、 ただ僕が一言、好きですって言えば恋仲になんて簡単になれるんだろ。 もしそこで拒絶されたって今程苦しいはずが無い、 だって今程あなたの行動のひとつひとつを目で追って、 その度に息が出来なくなるくらい心臓が騒ぐ事も無い。 あなたが誰かに優しくするのが嫌で、 僕を見ているのが馬鹿みたいに嬉しくて、 僕の意識よりもっと深いところで見切り発車した初恋は、 それきりずぅっとぐるぐる、回っているのだ。 勝手に好きにさせておいて、 勝手に思い合えないようにするだなんて、 ひどい。ずるい。 右手を乱暴に振り払うと、あなたは特に驚いた風でもなく振り向いた。 その手で、今までいったい何人の女に触れてきたのだろう。 めちゃくちゃに綺麗な顔をして、めちゃくちゃに汚い世界で生きてる人だ、 今僕に触れたその手で、ほんの数時間前にでも誰かを鳴かせてきたんじゃないのか、 それとも今度は僕を泣かせるつもりか。 中途半端に生温く触れるくらいなら、 いっそもう手酷くでも抱いてくれれば良いのに。 それくらいの決定打があれば、きっとこんな自分ですら制御出来ない曖昧な感情にも決断を下せるに違いない。 誰にでも振りまく平等の優しさがなによりも恨めしかった。 「…恭弥?」 泣いてるのか、と顔を覗き込まれそうになり、 反射的に思い切り頬をはたいた。 僕の表情に気を取られていたあなたはらしくなく盛大によろけて、 そして僕はもっとらしくなく、脱兎のごとくその場から逃げ出した。 学ランの袖がばたばた音を鳴らすのも、 擦れ違う人間どもが何事かと僕を見つめるのも気にしている余裕が無かった。 あぁもう、わかんないよ。 あなたが僕に向けてくる感情も、 僕があなたに募らせてる恋情も、 もうなにもかも、こじらせる前の、1番最初まで巻き戻ってしまえば良いんだ。 息をする度に気管支に入り込む冷たい空気で喉が痛む、 脳裏に焼き付く大好きな笑顔が眩し過ぎて目が眩った。 きっとこれで終わりだ。いくら穏やかなあなたでも、さすがに僕に呆れただろう。 もう彼が応接室を訪ねてくる事は無い。 もう馴れ馴れしく名前を呼ばれる事も無い。 この苦しい恋慕もようやくここでおしまいだ。もう進展も後退もなにも無い。おしまいだ。清々する。 学校が見えてきたところでようやっと足を止めた。 呼吸が上手く出来ないのは走ってきたせいだろうか、 それにしては視界がやたらと滲んでいた。 あぁ、わかってるんだよ、 i n v e s t o r r e c o r d s ディーノごめん(:D)rz 120427. back |