なぁ、と不服そうな声が聞こえたが気にしない事にして、
尚もその髪に顔を埋めてもふもふしていたら再び、おーい、と声が掛かった。


「なにしてんだよー」


つまらなさそうな声色で、僕の胸元辺りにある唇が動いた。

抱き合って生じた熱が徐々に落ち着いてきたベッドの上で、
僕が一方的にディーノの頭を抱き込んだ状態で、ふたりで寝ころんでいる。
なにを隠そうこのきらきらふわふわした金髪が大のお気に入りなので、
抱き締めて、擦り寄って、頬をくすぐる細い金糸にすっかり機嫌の良い僕だが、
どうやらディーノはそれが気に入らないらしい。
自分の髪の毛に嫉妬するなんて、まったく愉快な人である。


「こっち向けよ」

「なんで」

「俺の本体は髪じゃねぇぞ」

「知ってるよ」


名残惜しいが、しかし本体はと言えばもうこの世のあらゆるものでも比にならないくらいに大の大のお気に入りなので、
大人しく隣に視線を合わせてやったら、ディーノはにっこり、満足そうに笑った。


「あなたの髪って」

「ん?」

「なんで金色なの」


当然の様に僕の腰に腕を回していたディーノが、なんでって、と困った顔をした。
だって僕も草壁も、風紀委員たちもみんな黒い髪をしている。
外国には金髪や茶髪が居るとは知っていたけれど、
実際間近で見てみるとやっぱりなんだか不思議だった。
今まで当たり前に黒かったものがこの人の場合にはきんきらきんで、
同じ人間の同じパーツであるのに、まるきり正反対の色をしているのだ。
それなのに、ぜんぜん違う色をしたこの人の事が大好きだなんて不思議過ぎる。
いったいどうしてなのか、常々疑問に思っていたのだ、
生徒の疑問や質問を解決するのも先生の立派な仕事である。


「うーん……遺伝?」

「ふぅん」

「そういう人種だからなぁ」


想像以上につまらない答えに、納得出来るはずも無く歪めた唇に、
今度ちゃんと調べとくな、そう言いながらキスをされた。
少しだけ厚みのあるあなたの唇は、軽く触れただけでちゅ、と音がする。
たぶんそういう造りになってるんだと思う。


「ずるいよね」

「ん、なにが?」


あなたばっかり綺麗でずるい。
金髪を指先でくるくる遊ぶ。
僅かな光源でもきらきら輝く金色の毛髪はこうしていると、まるで蜂蜜を指ですくったみたいに見える。
髪の毛だけじゃない。カラメルを煮詰めた様な透き通った瞳も、
刺青が映えるバタークリームの甘い色の肌も、
全部がこの国には無い、僕の知らなかった色だ。
そんなだから興味を惹かれてしまうのは、半ば仕方の無い事だとも思う。
頬に唇を合わせたら、やっぱりなんだか甘い味がした。
この人はお菓子で出来ているのかも知れない。


「…食べてったらいつか無くなっちゃうかな」

「ん?」


ふと頭を過ぎった疑問に、しかし可能性はじわじわと肥大していく。
試しに頬を舌で舐めてみる。結構念入りに執拗に舐めたが、見目にはあまり変わらないし、わからない。
ディーノはと言えばくすぐったそうに、なんだよー、などと締まりの無い顔をしている、
なにをでれでれしているのだ、あなたは僕に食い殺されるかも知れないのだぞ。


「蟻とか」

「は?」

「寄ってきたりするの?」

「…なんの話?」

「ロールたちがかじっちゃわないようにも、言っておかなきゃ」

「別にちょっとくらい噛まれたって平気だぜ」

「良くないよ」


朝起きて、小鳥に突っつかれた指先が欠けていたらどうしよう。
体内には血の代わりにラズベリーソースが、
骨の代わりにホワイトチョコレートがあるに違いない。
もし怪我をしたなら、包帯を巻いておいたら治るのだろうか、
いやだけどきっと普通の薬なんて効くはずが無い。
急に沸き上がってきた不安に、恐ろしくなってディーノに抱きついた。
心臓の鼓動はふつふつジャムを煮る音だろうか、もうそうとしか聞こえない。


「…儚い人だね」

「うん、だから、なにが?」


完全に困った顔のディーノだが、僕だって困っているのだ。
パティシェでも目指せばあなたの怪我を治せるのだろうか、
いやだがしかし、うーん。


「僕には向いてないよね」

「うん、でも挑戦するのは良い事だぜ、なんの話か知らねぇけど」


抱きついた胸に擦り寄って、うんうん唸っていたら、突然にあなたが笑い出した。
笑い事じゃあない、こっちは真剣なんだ。
顔をあげたら、眉を下げたディーノが僕の髪を撫でた。


「なんか」

「…なに、」

「おかしな恭弥」


馬鹿言え、お菓子はあなたの方だろ。




 お 菓 子 の 国 の 人         









120901.



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