3倍返し…、
だと?

見るでも無しに、点いていたテレビはふと気が付いたらワイドショーになっていて、
ホワイトデーがどうだという話をしていた。
そうかそんなものあったな、と湯呑みの中の緑茶を啜りながら思う、
街のデパートのホワイトデー特設会場からリポーターが騒がしく中継をしている。
あの人は14日も、日本に居るんだろうか。
あの人甘いもの、結構好きだしな。
なにかあげようかな。
貰っちゃったしな。
ぼんやり思いを馳せながら、そうその時だ、リポーターがそんな事を言ったのは。

バレンタインのお返しは3倍返しが基本らしいですからねー。

3倍。だと。


(…欲張り過ぎじゃないか)


まったく世の女子はたくましい、
そしてずるい。
しかし、あぁどうしよう。
あの人もやっぱり3倍返しを望んでいるのだろうか。
だってあの人もある意味たくましいしずるいし、
いやでも女子ではないけど、あぁでもたまに女子みたいにいや女子よりもずっと可愛いし、
というか金額とか価値とかの問題では無く、
あの人がバレンタインに僕にくれたもの、
チョコレートを始め時間や優しさや笑顔やあれやこれやそれや、
そうチョコレートを返すだけなら3倍だろうが4倍だろうがなんて事無いのだ、
問題なのはその他もろもろなのだ、
僕の1時間はイコールあの人の1時間では無いし、
僕はあの人みたいに優しくなんてないし、笑顔なんて良くわからないし、
あれやこれやそれなんてもう、もう、あぁもう。


「どうしよう、」


突然ぽつりと呟いたから、こたつ机の上でみかんの皮と遊んでいた小鳥とロールがこちらを向いた。
どうしたの、そんな風に首を傾げている。
叶うもんなら知恵でも貸して欲しいが相手は小動物だ、
僕はうーんと唸りながら、彼らの頭を指先で撫でた。



「…いろいろ考えたんだけど」

「ん? なにが?」


そして14日。
あなたはいつも通りに応接室にやってきて、ソファで生徒名簿を眺めながら僕の方を見た。
なにがじゃない。僕が今日という日でどれ程悩んだと思ってるんだ。


「…これ、」

「ん?」


深呼吸の果てにやっとの思いで隠し持っていた包みを差し出した。
あなたがそれを受け取ったのを確認して、もう居たたまれなくて、
少しでも距離を置こうと窓際まで下がる。
なんなら部屋から出ていく事だって出来たのにそうはしなかったのは、
やっぱりあなたの反応が気になるからで、
俯いて本を読むふりをしながら、
前髪の隙間からあなたを伺い見る。
がしかし、あなたはきょとんと、していた。


「なんだ、これ貰って良いのか?」

「…良いに決まってるだろ」

「へー、ありがとな。でもなんでまた?」

「なんでって、」


うっかり顔を上げてしまった。


「ホワイトデーだろ」

「ホワイトデー?」

「バレンタインの反対の」

「反対?」

「3倍返しの」

「3倍返し?」


あなたはおうむ返しにする度に首をころころ傾げて、
ふいに、あ、と思いついた様な顔をした。


「そういや、日本にはそんなのあるって聞いたな」

「…イタリアには無いの?」

「んー、無いなぁ」

「無いの?」


だったらこんなに悩む事も無かったのに、
どうしてもっと早く言ってくれなかったんだと内心で思う。
そしてあなたは唐突に、手の中の包みを改めて見て、え、と間抜けな顔で僕の方を向いた。


「これ、恭弥からのお返し、なのか?」

「…それ以外、なにがあるの」


恥ずかし死にしそうな僕にあなたは表情を輝かせて、
僕がわざわざ置いた距離を一瞬で簡単に縮めてしまった。
それからぎゅうと抱き締められて、
ふわふわの金髪が頬を擽って、
肺に満ちる大好きなあなたのにおいに目眩がしそうになった。


「わぁぁ恭弥、ありがとう!」

「…どういたしまして」


まだ寒い日が続くのにぬくぬくぬくたい胸に抱き締められて、
相変わらずだなぁなんて思いながら、はっとした。
そして慌ててその腕を引き剥がす。
あなたはぽかんとした。
困った様な顔をして、俺なんかしたかな、と恐る恐るな口調で聞いてくる。
あぁぁ違う、そうじゃない。


「今日は僕が返さなきゃいけないんだよ」

「返す?」

「バレンタインに貰った分を、3倍にして返さなきゃいけない」

「別に、見返りなんて求めて無ぇよ」


突っ張った僕の腕の、ぎりぎり寄れるまであなたは近付いて、眉を下げて笑う。
長い睫毛が揺れて、どうしようも無く胸がきゅんとする。
この人の笑顔が大好きで仕方無くて、
だからその笑顔を見てしまうと、もう、自制なんて効かないのだ。


「俺は恭弥が喜んでくれるだけで嬉し、っぐぇ、」


そして耐えきれずに飛びついたらあなたは変な声を出した、
それすらも可愛くて、抱きついた胸に擦り寄って、
もう一度肺の中をこの人のにおいでいっぱいにする。
僕のよりいつだって少しだけ遅い鼓動を聞きながら、
しっかりしがみついてるのに溺れている様な錯覚を覚える。
溺れて拡散していきそうな僕の身体をあなたの腕が囲ってくれる。
僕はたぶんそれで形を保っている。
見上げたら、14センチ上であなたは優しい顔をしていた。
僕を惑わせて仕様が無い、綺麗で可愛くてずるい顔だ。
その内でもとびきりずるい唇が近寄ってきたから思わず手のひらで制止する。


「なんだよ、恭弥、けち」

「僕が返さなきゃいけないんだって、言ったろ」


ぷー、と不満げに尖った唇を突っついて元に戻す。
その両端はそれから、嬉しそうに少しだけ持ち上がる。


「ねぇ、ちょっとだけしゃがんで」


言えば、あなたは慣れた動作で目線を合わせてくれる。
14センチ差が無くなって一層近くなったその笑顔に、
あぁほら、僕はまた自制が効かなくなってしまうんだ。




 ノ ー レ ン ジ ト リ プ ル カ ウ ン タ ー         









120314.



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