< ! > でぃのひば前提、ひば←つな。 クラスメイトに仕事を押し付けられた。 折角1日の授業を終えてやっと帰宅出来ると言う時に、 ダメツナこれやっといてくれよ、なんて人に物を頼む態度とは微塵も思えない呼ばれ方をされれば、 さすがの俺でも無論拒否した。 しかし眉をこれでもかと下げて仕事内容に愚痴を漏らすクラスメイトに、 気付いたら首を縦に振っていた。 絆されたわけではない。 生徒たちに関するなにかしらのアンケートを、応接室に届ける仕事だったからだ。 「はい、」 応接室の扉をノックしたら、短い返事が聞こえた。 クラスメイトがなにより畏怖していた、他ならぬ雲雀恭弥の声だ。 失礼します、と声を掛けてから扉を開ける。 雲雀恭弥はこちらには目もくれず、 机の上で文字がびっしりと書かれた書類を添削していた。 「あの、これ、クラスアンケートです」 「そこに置いといて」 依然彼の視線は文字で真っ黒の書類に向けられており、 まるで俺の存在に気付いてない様にすら見える。 会話が成立した事に驚きさえした。 そこ、がどこを指すのかがいまいち分からず、 少し迷ってから来賓用のテーブルの上に置いた。 そこで雲雀恭弥は初めて顔を上げた。 「なに、まだ居たの。…あぁ、沢田じゃないか」 案の定、来訪者が俺だという事には気付いていなかったようだ。 対して驚いた風でもなさそうに、温度の無い黒い瞳がこちらを見ている。 この街の人間なら誰もが恐れおののく、雲雀恭弥の目だ。 その目を美しいと感じるようになったのは、一体いつからだっただろう。 「ちょうど良いや。手伝ってよ」 うっそりと弧を描いた唇が声を発した。 俺に手伝える事なんてたかが知れているが、了承した。 「今君が持ってきたアンケート、集計してくれない、」 「俺のクラスの分だけで良いですか?」 「残りは風紀委員にやらせるから大丈夫。生憎今、全員外に出ていてね」 集計用の用紙とペンとを渡される。 先程の来客用のソファに座って与えられた仕事に取り掛かった。 まっすぐ家に帰るはずが、クラスメイトからの頼まれ事をして、その上風紀委員の仕事までしている。 自分でも現在の状況を他人事の様に不思議に思いながら、 集計を終えた頃には、外は傾いた日で真っ赤になっていた。 「ご苦労様」 「いえ、」 クリップでまとめた書類を手渡す。 労りの言葉がなんだか気恥ずかしい。 誰からも恐れられるこの街の頂点に君臨する男は、 今目の前で、とんでもなく穏やかな目で俺を見ていた。 「雲雀さんも、もう仕事終わりじゃないんですか?」 机の脇には未だ山の様に書類が積まれていたけれど、 彼の手元は道具も消し屑も綺麗に片付けられている。 なにより時間が時間だ。しかし彼は革張りの特等席に、未だ座り込んだままでいる。 「あぁ、ちょっと人を待ってるんだ」 「…風紀委員の人、ですか」 鎌を掛けた。 「まぁそんなとこだよ」 白を切って、雲雀恭弥はらしくなく目を反らした。 ほんの僅かだけ、見逃してしまうくらい僅かに揺れた瞳が正しい答えを言った。 足を組み直し、当てつけた様に俺の作った資料に目を通した。 資料に添えられた白い指。 スラックス越しにも細いとよくわかる脚。 カッターシャツから覗く無防備な首筋。 線の細い輪郭に、程良く膨らみを持った頬。 濡れ烏の柔らかな髪。 伏せられた長い睫毛。 俺の文字を追う漆黒の瞳。 まるで何者にも踏み入られていない様な、薄紅の唇。 しかしそれらにはすべて、すべてに彼の足跡が刻まれている。 それらはすべて彼の物なのだ。 「…俺が、先に見つけたのにな、」 ぽつりとつい口を吐いた言葉に、 雲雀恭弥は不審そうな眼差しで顔を上げた。 それすらも美しい。 それすらも彼の物だ。 この街の1番高いところに、君臨する様に咲く高嶺の花。 俺が羨望で見つめていたその花は今、 手折られ、彼の部屋の窓辺の花器に大事に活けられて、 前にも増して目映い程に、咲き誇っている。 高 嶺 の 花 120219. back |