昼過ぎの大通りは、まだらでも人影がそれなりにあった。
街を突き刺す様に走る片側2斜線の大きな通りは、
その両側に飲食店やら、ショールームやら、大小様々な店がぴっしりと整列している。
それでも少し脇に外れると、立ち並ぶ店は急に古臭く、シャッターも閉まりがちになる。
僕はこの寂れた道が結構好きだった。
人間はみんな大通りに流れていくから目障りな群れもほとんど居ない。
風情、とは少し違うけれど、錆びたシャッターとか、文字の掠れた看板とか、
どちらかと言えば汚いそれらが画になる矛盾がなんだか面白いのだ。
特に行き先があるわけでもないから、誰かに外出を告げてもいない。
それなのに前方から見覚えのある金髪が歩いてきて思わず凝視してしまった。


「恭弥!」


職業柄(もちろん本職の方だ)、人の視線には敏感な人だ、
すぐさま僕に気付いて手を振って近付いてきた。
よりにもよって我が校の教員の中で唯一、僕に説教出来る人間である。
隠しもせずに舌打ちするが、あなたは気に留めた様子も無い。


「さぼりかよ、雲雀君」

「あなたはなにしてるの、ディーノ先生」

「素行不良の生徒が居ねぇか、見回りだよ」

「成果はあったの」

「とびきりの問題児を見つけたな、今」


太陽が真上に居る。それでも風が冷たいせいで、ちっとも暖かくなんてなかった。
あなたは分厚いコートを羽織って、胸元に顔写真と名前の印刷されたネームプレートを下げている。
それから、教員である時用らしいちゃらい眼鏡を掛けている。
コートのポケットに手を突っ込んで、きんきらきんの髪を跳ねさせて、
とても先生には見えない、まさしく不良という言葉の似合う出で立ちだ。


「お前、昼飯まだ?」

「まだだけど」

「じゃあ、どっか食べ行こうぜ」

「あなた、午後の授業は?」

「ふけちゃ駄目かな」

「駄目だろ」


言いながらもう、突っ込んでいた手を出して僕の手首を掴んでいる。
無性に暖かいその温度も、それでもこの人のものならなんだか納得なのだ。


「あなたが素行不良じゃないか」


思った事を口にしたのに、あなたは眉を歪めて、拗ねた様に唇を尖らせる。
そのふざけた顔をすれば許されるとでも言うのなら、あらゆる不良少年が世を支配出来ると思う。
不服そうなまま、首から掛けた名札を外して、
さっきまで手を入れていたポケットに乱暴にしまった。
紐の先がこぼれている。


「これ取ったら良いかな」

「じゃあ、これもね」


黒縁の眼鏡を外して、それも同じポケットに突っ込む。
あなたはご機嫌な顔で僕の手を引いて歩き出す。
果たして行く宛ての無かった僕は、考えの無いあなたの導くままに通りを進んでいく。
舗装されている割りには歩き難い道でマンホールに蹴躓きそうになりながら、それでも振り払ったりしないのは、
たぶんこの人が僕を特別構い倒してくれるのが嬉しいからだ。


「なぁ恭弥、あれ知ってる?」


ぼんやりと前を行く金髪を見ていた僕は、振り返ったあなたの示す指先を追う。
通りを跨ぐ細い川の、小さな橋の上。
あなたの指の先にはゴンドラが見えた。


「あぁ、街興しの、」

「すげぇなあれ。ヴェネチアにあんのと一緒か?」

「一緒って聞いた」


ゴンドラは川縁に停められていて、確か今の時期は運行していない。
寒々しい空気にぽつんと晒されている。


「溜息橋って、あんじゃん」

「あるの」

「あるんだよ。ヴェネチアにな。そこの下をゴンドラで潜る瞬間にキスした恋人同士は、永遠に結ばれるんだぜ」

「ふぅん」

「俺らもあれに乗って、この橋の下でキスしたら永遠に結ばれると思わねぇ?」


さっきのとはまた違うふざけた顔で、甘ったるい焼き菓子みたいな可愛らしい顔で、あなたは僕を見る。
手首を掴んでいた手がするりと下りて、当然みたいに指を絡ませて繋ぐ。
道を行くまだらな人影は、いったい僕らをどんな目で見ているのだろう。


「…前、動物園でボートに乗ったでしょ」

「ん? あぁ、乗ったな」


あなたにせがまれて乗ったボートだ。


「あれに乗ったカップルは別れるらしいよ」


真昼の橋の欄干で、冷たい風を頬に受けながらのんきに立ち話をしている、
学ランの中学生と金髪の外国人。
僕らの関係は、先生と生徒に見えるのか、不良少年のサボタージュに見えるのか、
それとも、恋人同士に見えるのか。


「…普通そういうの、乗る前に言わねぇか?」

「別に、そんなの信じてないからね」


言えば、拗ねた様な口振りのあなたが、見る間に元通りのご機嫌顔になる。


「そもそもカップルじゃないから問題無い、」


言い切る前に、腰を抱き寄せられてキスされた。
さすがにこれはアウトだ、
世間的にも、僕の心拍数的にも。
呆然とする僕をよそに、あなたはまた僕の手を引いて、
寂れた商店街の細い合間の道を早足で縫って、どんどん人気の無い方へと進んでいく。
だったらいっそ応接室に戻ろう、言い掛けて止めたのは、
本当は今すぐにでも、あなたの唇が欲しかったからだ。
前を行くラブ繋ぎの手を乱暴に引っ張って、
よろけたあなたに跳ねる心臓を隠しもせずに抱きつく。
もう人影なんて無い。見えてない。
なにせ目の前にはあなたのグレーの温いコートしか見えてないのだ。

僕は自分が思っている以上に、
大好きなこの街に大好きなこの人が居る事が、嬉しいみたいだ。




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120401.



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