雨の日が嫌いだ。
あなたは。

昨日の夕方から曇り始めた空は、
朝になって窓を開けて見たら雲に覆われて真っ白だった。
湿った空気をすんと吸って、
しとしと、降る雨のにおいをいっぱいに吸い込む。
僕は別に雨なら雨で、特になんとも思わない。
濡れるのは嫌だけど、このにおいとか、ぱたぱた鳴る雨音は悪くない。
群れだって減る。悪くない。
それから、うるさい人が静かになる。

振り返って、向こう向きでベッドに転がる人に近寄る。
膝で乗り上げたらぎしりとスプリングが軋んで、
あなたの身体が僅かばかりこっちに転がった。


「ねぇ、大丈夫、」

「うー、微妙…」

「薬は?」

「飲んだ」


声を掛けたら完全にこっちを振り向いたあなたが、
甘えた、弱った声で答える。
太陽みたいにきらきらした髪がしゅんとしていて、
もしかしたら本当に空に浮かぶ太陽と呼応しているのかも知れないと大真面目に思った。
正座してその髪を撫でてやってたら、
ベッドで正座かよ、とあなたは笑った。
笑える余裕があるならまぁ大丈夫か、
なにか食べたいかと聞くと、あー良いや、と曖昧に返ってきた。

偏頭痛持ちのあなたは雨の日だけ弱る。
だから雨の日は嫌いなんだと、まだ出会って間もない、もう随分昔に感じるある時聞いた。

雨降りの日曜の朝、
別に急ぎの用事も無いし、
だったら弱ってる人を無理に起こす必要も無い。
ただぼんやり、夜のあいだの体温を溜め込んだシーツの上で、
ふわふわの金髪を撫でながら時間を無駄にしていく。
あなたの長い睫毛が半端なところで伏せっていて、
本人は頭痛に苦しんでいると言うのに縁起でもなく綺麗だと思った。
わーわーはしゃいでいても、しゅんとして弱っていても、
どっちにしたって綺麗だなんてちょっとずるいと思う。
僕はいったいあなたのどこを嫌いになれば良いんだ。


「あ」

「なに」

「そっか、今日日曜か」

「なにかあるの?」

「や、お前そろそろ学校行く時間かな、って思って」

「日曜は風紀検査、しなくて良いからね」

「しても誰も居ねぇもんな」


冗談めかして笑う頬を、いつもなら思い切り捻ってやるところだが、
心の中のどこかに生まれた躊躇で、指先はつつくだけに留まる。
頬をぷーと膨らまして抵抗してくる子どもみたいなあなたがどうしようも無く愛おしい。
僕は、あなたをボスと呼んで慕う5000人の中のその誰よりも、
誰よりいっとうあなたを愛しているという自信があるよ。
あなたはそれに気付いているかい。
口下手で優柔不断な僕の思っている事は、あなたにちゃんと伝わっているかい。
あなたの温い指先が、未だ頬を撫でる僕の手を捕まえた。
もう片方の手は後頭部に寄せられて、
なんとなく意味を理解して頭を下げる。
そして逆に頭を上げたあなたの唇とぶつかる。
あなたの負荷を少しでも無くそうとちょっと背骨が痛いくらい屈んだら、
あなたは僕の指をぎゅうと握った。


「…甘えん坊だね」

「そんなんじゃねぇよ」

「甘えたくない?」

「まだ、年上面していてぇもん」

「ふぅん」


あなたの綺麗な形をした爪を親指の腹で撫でる。
一方的に掴まれていた手を解いて、
指の1本1本をきちんとまぐあわせて、恋人繋ぎに結い直す。
正座から成し崩していった妙な体勢のまま、
あなたの隣に寝転がった。


「僕は甘やかしたいな」


いつもあなたがするように、額、目蓋、睫毛、頬、鼻梁、同じ順序で唇を落としていって、
それから最後に、唇に落ち着ける。
あなたが僕に教えてくれたのは愛される事ではなくて、
もしかしたら愛する事の方だったのかも知れない。
あなたは困った様に締まり無く笑うと、
シーツの中でもぞもぞ動いて、僕に擦り寄ってきた。


「じゃあ、甘える」

「良い子」

「お前程じゃねぇよ」

「そうだね」

「お前なぁ、」


あなたの片眉を下げた笑顔が好きだ、
だから僕はそこにもキスしてあげる。
くすぐったそうにあなたは目を細めた。


「俺、前、雨の日嫌いだって言ったろ」

「言ったね」

「でも、恭弥が一緒に居てくれんなら、雨の日も悪く無ぇかも」


そのまま目を閉じた、端正なあなたの顔を飽きもせずにじっと見つめる。

雨の日が嫌いだ。あなたは。
僕は別になんとも思わない。
でもあなたが悪くないって言うんなら、
僕は雨の日を好きになってしまうかも知れない。
あなたを苦しめる雨の日を、
あなたが甘えてくれる雨の日を、
僕は好きになってしまうかも知れない。
僕にぴたりと寄り添って、穏やかに眠るあなたを眺めながら、
あぁやっぱり僕は悪い子だ、そう思った。




 雨 の 日 の 劣 等 生         









120617.



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