廊下で女子生徒に取り囲まれて動けなくなってしまうのも日常茶飯事となりつつあるこの頃、
今日も前にすら進ませてくれないので、さてどうしたものかとすっかり辟易していたところ、
ディーノ先生、と背後から声を掛けられた。
聞き間違えるはずも無いその声に、いやでもまさか、と振り返ると、
やはり聞き間違えるはずの無い声の主が不機嫌そうに腕を組んでこちらを見ていた。
腕の通されていない学ランの袖で風紀の刺繍の入った腕章が揺れる。
何度教室に戻れと言っても聞かなかった女子生徒達が急に散り散り、散っていった。


「女子生徒をたぶらかさないでください」

「たぶらかしてなんてねぇよ、ていうか」

「あと、その妙な眼鏡も外してください」


学業に相応しくないです、そう恭弥が言う頃には周囲を取り囲む生徒はほとんど居なくなっていたので、
立ち去る黒い背中を追いかけるのは容易かった。


「きょ…、雲雀君」

「なんですか」

「ちょっと待てよ」

「なんでですか」

「…お前、敬語なんて使えんだな」

「あなたよりは自信がありますけど、ディーノ先生」

「そりゃあ違いねぇ」


笑って返したら不機嫌そうに顔だけ振り向いた。
話を戻す。


「勝手についてくるんだよ。正直俺も困ってる」

「そんな派手な見た目してるからでしょう」

「髪色はどうしようもねぇよ」

「言い訳がましいですよ」


言い合いながら、早足で前を歩く恭弥にまんまと応接室まで誘導されていた事に気付いたのは、
彼がプレートの掲げられたその部屋に身体を滑り込ませた時だった。
続いて室内に入っていって、後ろ手に扉を閉める。


「僕の名前でも出せば」

「ん?」

「そしたら生徒なんて撒けるだろ」

「そうかな、って雲雀君、」

「なに」

「敬語は?」

「もう必要無いだろ」

「えー、先生と生徒ごっこ、もっとしたい」

「馬鹿じゃないの」


いつもの特等席に戻り、ふんぞり返る委員長様を見やる。
すっかりいつもの恭弥だ。
近寄って、執務机に行儀悪く腰掛けたら案の定嫌な顔をされた。


「もっぺん呼んでくれよ」

「は?」

「ディーノ先生、って」

「やだよ」

「ディーノ先生、ほら」

「…ディーノ」

「……」

「……せんせい、」


これで満足?、と歪めた唇に堪らずひっついた。
その辺の女子生徒なんかより断然可愛い。
心配しなくたって俺は委員長様にぞっこんですよ、
まぁ嫉妬してくれるんならありがたく頂戴するけれど。


「じゃあ雲雀君、今日1日それで、」

「なにそれ」


恭弥がむっとする。
への字になっても相変わらず愛らしい唇を人差し指でなぞる。


「こら、先生に向かってその口の利き方は駄目だろ?」

「…怒るよ」

「言う事聞かないならお仕置きだ」

「今時、ビンタひとつで職を失う時代だけど」

「大丈夫、ひっぱたいたりはしねぇから」


続けて唇を押し当てる。
性的暴行も体罰だよとなにやら文句を言っているくせに、
裏腹に嫌がる態度は見せないお前が間違いなく1番風紀を乱してる。
無秩序な秩序は、当然の様に唇を受け入れているのだ。




(どうでも良いけどその呼び方やめてよ、いつも通りで良い、
 なんて言われて目の前の子供がこれ以上無く愛しくなった。)




 鍵 掛 け は 忘 れ ず に 。         









120117-120218.



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