偶然、商店街を見回りしていたら、
どこか慌てた風な、見覚えのある黒服を見つけた。
眼鏡と髭がトレードマークみたいな彼が、
まさか主を本国に残してひとり日本に来ているとも考え難く、
目が合った僕にらしくなく狼狽えた彼を強引にとっ捕まえて問いただした。
あの人から日本に戻ってきているなんて連絡は来ていない。どういう事なの。
彼はしまったなぁと言った顔で、良く見ればその両手には、
林檎やらスポーツドリンクやらが入った袋を持っていた。



「お帰りロマ、悪ぃな…」

「すまねぇボス、見つかっちまった」

「へ?」


布団から緩慢な動きで手を振っている人に容赦無く飛び乗る。
布団の中からはぎゃ、と間抜けな悲鳴がして、
後ろからはおいおい、と慌てた色の声がした。


「きょうや…なんで…」

「さっき商店街で見つかっちまってな」


どこかぼんやりしている彼をじっと見つめていたら、
髭の人に抱えられてベッドの上から下ろされた。
林檎切ってくる、と髭の人が寝室を出ていくのを背後に感じながら、
ベッドの縁に腰掛けて、未だぼんやり顔の彼の額に手をやる。
普段から体温の低い彼なので、余計に熱く感じた。
なんでかわからないけど苦しい。
熱を出してるのはこの人の方なのに。


「…ほんもの?」

「は?」

「本物の恭弥?」

「…僕が偽物に見えるの、」


熱のせいだか知らないけど妙な事を言い出した。
怖い顔をして睨んだのに彼はおかしそうに、あぁ恭弥だ、なんて力無く笑った。


「…なんで言わなかったの」

「んー、だって恭弥に感染したくなかったし、」

「たし?」

「あんまみっともないとこ、見せたくないだろ?」

「…みっともないあなたしか見た事無いけどね」


え、と彼はきょとんとしている。
へなちょこであるという自覚をいい加減持って欲しい。


「風邪なんてひいて、馬鹿じゃないの」

「あれ、馬鹿は風邪ひかないんじゃなかったっけ?」

「馬鹿だから風邪をひくんだよ」

「そっか、うんじゃあ俺、やっぱ馬鹿かも」


いつも騒がしい人が大人しいとどうにも調子が狂う。
思わず優しくしてしまいそうになる。


「薬は飲んだの」

「こっちの薬ってどうも合わねぇんだ。だから自然治癒」

「馬鹿じゃないの」

「あんま馬鹿馬鹿言うなよー」


こんな時までへらへらしている。
それでもやたら格好付けたがるこの人が、
僕にも少しずつ弱いところを見せてくれるようになってきている。
マフィアのボスなんてやっていて、兄貴分だってみんなに頼られて、
感心するくらい強くて狡くて賢い大人の彼が、
時たま年相応に吐き出す弱音とか脆い部分を僕は知っている。
見せたくないなんて言って格好付けたがっているけれど、
そんな弱った彼を僕はほとんど無意識の判断で守ろうと思っている。
この感情はなんだろう。


「でも、恭弥が来てくれて元気になった気がする」

「単純な身体だね」

「お前の事大好きな俺だからな」


ふにゃりと笑うのも力無くてなんだか切ない。
急に腹の底から愛しさの様なものが沸き上がってくる。
自分がこんな人間染みた感情を持っていると気付いたのは、この人に出会ってからだ。
頬を撫でると気持ち良さそうに目蓋を下ろす。
そんな、猫じゃないんだから。


「恭弥、」

「なに」

「俺お前の事、好きだ」

「…そう」


言われて、あぁ、と気付いた。
この感情は好きと言うのだ。
今まで言われ過ぎていたせいで見落としていた。
僕はこの人が好きなのだ。


「ほんとはお前に会いたかったけど、我慢してた」

「そう」

「だからお前から来てくれて、すっげー嬉しい」

「そう」


うとうと、微睡む彼の頬を大事に包む。
目蓋はもう半分以上落ち掛かっているし、唇もごにょごにょと徐々に閉じていく。
頬を撫でる手のひらだけは離さないようにする。
あなたが好きな雲雀恭弥はここに居るよ、
なんだったら次に目が覚めるまでここに居てやっても良いよ。
いつの間に僕はこんな人間らしくなったのだろう。
お陰にせよ、せいにせよ、この人の影響である事には違いない。


「きょうや、」

「なぁに」

「すき」

「…僕も、」


言ってからはっとした。
とんでもない失言をした気分だった。
伺う様に、あるいは睨む様に覗き込んだ彼はもう目蓋も落ちきってすっかり眠ってしまっているようで、
でも心なしかさっきよりずっと幸せそうな顔をしていて無性に腹立たしい。
思わずその頬を抓ってしまいたくなった代わりに、
持て余したもどかしさを込めて、キスをした。




(早く治してよ、調子が狂うから)




 あ な た が 好 き な 人          









120719.



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