「恭弥、嫌い」 あなたはいつも通りに応接室にやってきて、 そしていつもとは真逆の事を言った。 ほんの少しのあいだ、思考が停止したのはきっと気のせいだ。 「…あぁ、そう、」 「俺、恭弥の事、嫌い」 手元の日誌から顔を上げて、ちゃんとあなたの方を見たら、 いつも浮かべてるあの笑顔もそこには無かった。 それもそうか。嫌いなのだから。 「だったら、出てったら、」 「大っ嫌いだ、お前なんて」 「だから、出てったら良い」 あなたの蜂蜜みたいな目がこんなにも冷ややかなのを初めて見た。 とっととどこかへ行ってしまえば良いのに、 あなたは部屋から出て行きもしないで、 ひたすらに僕を否定する言葉を、いっそ楽しそうに言い連ねた。 心のどこかで、あなたは死ぬまで僕を拒絶する事は無いだろうと高を括っていた。 だから、ちょっとだけ、そう本当に本当にほんのちょっとだけ、心が痛んだ。 あなたの発する一言一言が矢になって、 心臓にずたずたと刺さるみたいだった。 僕はこの人の事をなんとも思ってなんていない、 ただやたら付き纏ってくる、腹の立つ教師面をした面倒な人だとしか思っていない。 嫌いになってくれるなら有り難いと言うものだ、 だってもうこの部屋に来られる事も、あなたの部屋に連れていかれる事も無い。 手を握られたり、肩を抱かれたり、髪を撫でられたり、唇を当てられたり、 もうあの腐る程甘ったるい事をされる事も、 やたらと優しい声で、名前を呼び捨てられる事も、もう無いのだ。 なんと喜ばしい事だ。 そうして歓喜に身震いしながらあなたを呆然と見ていたら、突然視界がぼやけて霞んだ。 「……?」 「きょ…恭弥!?」 涙が出てきたのだと気付くのに時間がかかった。 僕がそれに気付くよりも先に、あなたは慌ててこっちに駆け寄ってきた。 …なんだよ、嫌いなんだろ僕の事。放っておいてよ。 そう言おうと思ったのに、からからの喉では上手く言えなかった。 反して目からは水分が溢れ返る。バランスが悪い。 「ば、ばか恭弥、嘘に決まってるだろ。今日はエイプリルフールだろ、だから、」 あなたは面白いくらいに狼狽していた。 そしてきっと僕は、面白いくらいに驚いた顔をしている。 そういえば。さっき日誌に日付を書き込んだばかりだったのに。 4月1日、エイプリルフール。 1年で1日だけ、嘘を吐いても許される日。 なんだそれ。 あなたはいつもの甘い目に戻って、 ごめん嘘だから、嘘だって分かってると思ったから、と、 僕を抱き締めて背中をあやす様にさすった。 恥ずかしいのと安心したのと憎たらしいのとで、また涙が溢れてきた。 あなたの鳩尾に思いっ切り拳を入れてやった。 「うぉ…ちょ、きょうや…」 「ばか、死ね、跳ね馬の分際で、僕に嘘吐こうなんて、ばか、ぅ、この、ばか馬」 「ごめん、ほんと、まさか真に受けるなんて…」 「咬み殺してやるばか馬、嫌いだ、あなたなんて大っ嫌いだ」 「ごめんって、恭弥ぁ…」 あなたは困り果てた様子でひたすら僕の頭を撫でながら、 うっすらと涙声にさえなっている。 「…嫌いだよ、嘘だよ、ばか馬」 「きょう…、恭弥?」 「嘘だって言ったんだよばか馬。大っ嫌いだ」 睨みつけた先であなたは、涙目をぱちりと見開いて一瞬ぽかんとした後、 今度は嬉しそうに眉を下げた。 「ごめんな恭弥、うん、大っ嫌いか、そっか」 「うるさい。離れなよ」 僕の注文通りにあなたはより一層強く僕を抱き締めて、愛の言葉を囁いた。 嫌いだよ、もうずっとイタリアに居れば良いんだ。あなたなんて。 I H A T E Y O U ! ! ! ! ( ※ 嘘 だ よ ! ! ! ! ) 120401. back |