< ! > 死ねたです。








嫌な音を立ててふらふらと飛び回るちっちゃな虫を、
あなたが叩いてその命を終わらせた時、
なんと羨ましい事だろうとひしゃげた体を恨んだ。
あなたの手の中で人生を終えられる。
それがどうしようもなく羨ましかった。

さて脇腹から溢れる血は止まる事を知らないらしい、
辺り一面が血の海になって、僕はそこで溺れている。
なんだって自分の血に浸ってなきゃならないんだ、
僕はいつだって誰かの死体の上に立っていたのに。
立ち上がろうだなんて到底無理な話で、
とにかく身体に力が入らなくて困る。
それどころか、指先が震えて止まらないのだ。
少し離れたところで倒れている男の血が僕の血の海と合流した。
僕の脇腹に弾を撃ち込みやがった張本人だ。
咄嗟に滅多な事では使わない拳銃を掴んで、脳天を撃ち抜いたら呆気無く息絶えた。

他人のどす黒いのは僕のそれに紛れ込んで、
傷口から体内に侵入される様な錯覚を覚えてなんだか気分が悪い。
しかしそんな害された気分にも幸いな事に霞が掛かってきた、
目を閉じたらおしまいだろうとなんとなく悟る。
最後に太陽くらい拝んでおこうと、残った力で天を仰いだけれど、
路地裏から見える狭い空からは生憎太陽は見えなかった。
太陽から、僕の居るこの暗い場所は見つけられない。
僕はあなたの目に触れる事無く、終わっていくのだと知った。

あなたの手の中だなんてわがままは言わないから。
だからせめてあなたの目で、最期くらい見送って欲しかった。

あなたを思う。太陽の様なあなたを。
勝手に死んでいく僕を、あなたは恨むかな。笑うかな。
知ってる。きっと泣く。
だってあの人はほんと、どうしようも無い程にへなちょこだし。
もう良い歳なのだから、あの子供みたいな笑顔は卒業するべきだ。
脳裏に浮かぶその子供染みた笑顔にふいに涙腺が潤む。
誰が見てるわけでも無いのに泣くまいと躍起になる。
僕も少し感化され過ぎたのかも知れない。
でももっとあなたの隣に居たかった。
せめてあなたがしつこく求めていた愛の言葉を、言えるくらいには。

狭く囲われた秋の空は晴れ渡る真っ青なものだったはずなのに、
一度の瞬きの後目に映ったそれは、夕暮れの金色に変わっていた。
あぁ、あなたの色だ。
あなたのふわふわに跳ねた髪の、
あなたの甘く深い蜂蜜色の瞳の、
いつだって僕の視界を染め上げてきた黄金色。
僕の愛したあなたの色だ。

目を閉じたのに、それでも瞼の内側にまで入り込んできてきらきらしている、
少し騒がしいところまでまるっきりあなたみたいで、
こんな時なのにどうにも愛おしい気持ちになる。
指先の震えが治まった気がした。

名残惜しいけれど、涙と一緒にきらきらを外へと流す。
きっとこれも幸せな事かも知れない。
僕はあなたを愛したまま、呼吸を止められる。




 あ る 秋 の モ ノ ロ ー グ         









120306.



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