< ! > 死ねたです。ある秋の、その後。







その日、あなたは久しぶりの休暇だった。
というのも、雲雀恭弥が死んでから、
あなたは馬車馬みたいに休み無く働いて、
まるでなにかから逃げるかの様にひたすらに働いて、
跳ね馬が馬車馬なんておかしいだろうと揶揄出来る雰囲気でもなく、
だってあなたは泣き腫らした目の下に分厚いくまを作って、
良い加減休めと心配する周りの人間たちに無理矢理感溢れる笑顔を向けて、
そして、こうしてないと駄目になっちまうんだ、とまるで今にも死にそうな顔で言った。

雲雀恭弥が、人気の無い路地裏で血まみれで発見されてから4ヶ月が経った。
そのあいだにあなたは何回か倒れた。
その度ベッドで雲雀恭弥の名をうわごとの様に繰り返した。
それでも少しずつ落ち着きを取り戻してきたあなたは、
雲雀恭弥が居なくなってから初めて、丸1日の休みを受け取った。
部下の人たちは心配げに、それでも胸をなで下ろしていた。

その日、あなたは太陽の昇りきった昼過ぎにのろのろとベッドから這いだし、
欠片程のパンを食べて、再びベッドに転がった。
風の音以外、なにも聞こえない。
本当は日の昇るずっと前から起きていた事を知ってる。
今だって眠るでもなく目を瞑りさえせず、
ただ立つ事を放棄してぼんやりと窓の方を眺めている。
食事を運んでくる部下にも一言二言しか返さず、
あんなに騒がしいあなたがこんなに静かにしている事に、柄にも無く心配した。
何時間もぼうっとしていたあなたは夕方、辺りが暗くなり始めた頃、
またのろりと立ち上がって、コップ1杯の水を飲むと、
今度はソファに沈み込んだ。
わざわざ運ばれてきた食事はとうに冷えきっていて、
あなたは手を付けるどころか見向きさえしない。
まともに食事を摂らないのも今に始まった事ではなく、
あなたの身体は見る見る細くなっていった。
今のあなたなら、きっと中学生でも簡単に咬み殺せる。
だからちゃんと食事をしなよ、とは思うのだけれど声にならない。
いつの間にか家庭教師と生徒の立場が逆転していると思わないか。
あんなに大見得切って先生面してたのはそっちじゃないか。
突っ立っているのもなんだからあなたの隣に腰掛ける。
こんなに近くに居るのに、触れる事は出来ない。
寒そうに身震いしたあなたを抱きしめてあげる事も出来ない。
このもどかしさにもいい加減慣れてしまった。
寒いなら上着を着なよ、それを伝える術が無いのはわかっているのにどうにかならないかと首を捻る、
ただでさえ体力が落ちているのだから風邪をひきかねない。
ソファの背に掛かっている見慣れたジャケットを掛けてあげるだけで良いのだ。
困っていたら隣であなたが呻いた。


「きょうや、」


特に驚きもしなかった。良くある事だ。
なぁに、と投げやりに応えた後で今度は驚いた。


「なぁに、じゃねぇだろ」


あなたは喉でくっくと笑った。
それから呆然としている僕を後目に、僕がどうしても触れられなかったジャケットを容易く、
ブランケットの様に羽織った。


「久しぶりに会って、なに、は無ぇだろ」


そんな事は無い。
だって僕はいつだってあなたの傍に居たんだから、
そもそも久しぶりなんかじゃない。


「それなら、もっと早く言ってくれたら良かったのに」


こっちがどれだけ話し掛けたって返事もしなかったくせに、よく言うよ。


「そうだったのか? 悪ぃ、気付かなかった。でも、俺も10年も前からお前に話し掛けてはシカトされ続けてたんだぜ、もしかしてちょっとは俺の気持ちわかった?」


咬み殺すよ。


「はは、久しぶりに聞いたな、それ」


こんなに穏やかな笑顔で居るあなたを久しぶりに、本当に久し振りに見た。
不思議な事に涙が溢れてきた。
鼻をすすったらあなたが笑った。


「…なに泣いてんだよ、4ヶ月かそこら会えなかったのなんてざらだろ?」


僕が死んでから、ずっと泣きじゃくってたあなたがなに言ってるの。


「言うなよ、恥ずかしいじゃねぇか」


ねぇあなたまさか死んだりしないよね。


「なんだよ急に、不吉だな」


だっていきなり僕に気付いて、今までそんな事無かったじゃない。
もしかしたらもうすぐ死んじゃうんじゃないかって。


「あぁ、なるほどな。でも恭弥には悪いけど、まだ死ぬわけにはいかねぇんだ。やりたい事もやらなきゃなんねぇ事も、山程あるんだ」


…そう。なら、安心したよ。


ふふ、と笑うあなたは窓の向こうを見ていて、
あぁ見えてはいないのだな、と気付く。
といってもこっちもどういうわけか涙がぼろぼろと視界を覆って、
あなたをまともに映せていない。
あなたがぽつりと聞いてきた。


「…寂しい?」


我慢する。


「偉い子だな。さすが俺の自慢の恋人だ」


勝手に自慢しないでくれる。


「なんでだよ。お前は俺の生涯で、いっとう強くていっとう綺麗で、いっとう可愛い恋人だ」


まだ先のあるあなたがなに言ってるの。


「正直お前以上に愛せる人間がこの先現れるとは思えねぇよ」


髭の人たちは悲しむね。


「跡取りなぁ、叶うもんならお前に産んでもらいたかったけどな」


正気?


「生き物としての性能が違うんだろ?」


それとこれとは別だよ。


「なんだよ、残念だな」


そもそも死んだ人間は男だろうと女だろうと子供なんて産めない。
それなのにあなたは優しい表情のままで、
もしかしたら雲雀恭弥はまだ生きてるんじゃないかとすら思えてきた。


…ディーノ。


4ヶ月間。くどいくらい呼び続けた。
あなたが冷えた死体を服が汚れるのも構わず抱きしめていた時も、
あなたが眠る度にうなされて、繰り返し僕の事を呼んでいた時も、
あなたが部屋にひとりになった途端に、音も無く泣いていた時も、
そしてあの秋の日に、もう二度と触れられない笑顔を思いながら、
ただひたすら、くどいくらいに呼び続けた。
あなたの名前だ。


「なんだよ」


それにあなたは初めて返事をした。
なんとも素っ気無い返事だった。
それなのにまた涙が出てきた。


…好きだよ。


あなたはこっちを向いた。
それが偶然だったのか、僅かにでも気配を感じたからかなんて知らない。
触れる事が出来ないのはわかっていたけれど、
キスしようと近付いて勢い余って飛び込んだあなたは、やっぱり目映いばかりに金色だった。
脳に霞が掛かるこの感覚も2回目だ。
そして、あなたの金色に見送られるのも。

ひとつだけ。
あなたは僕の生涯で、
いっとう強くていっとう綺麗でいっとう可愛くて、
そしていっとう愛しい、自慢の恋人だったよ。


「恭弥…?」


もう返事は出来なかった。
もとよりひとりきりだった暗い部屋で、
あなたはひとりでひっそりと、泣いた。

次の朝、あなたは寝坊した。
久しぶりに良く眠れたみたいで安心した。




 あ る 春 の ダ イ ア ロ ー グ         









120309.



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