心臓の動きが止まると人体の動きも止まるらしい、 なるほど人間の体というのは良く出来ている。 そして今心臓は、停止し掛けた反動でがんがんと痛い程鳴っている、 それに釣られる様に目蓋が高速で瞬いている、 このように、心臓と比例して人間は動くのだ。 あぁすごいなぁ神様は器用に人間を創りたもうたものだすごいなぁ。 実にこれだけの事を俺はものの0.1秒ぐらいのあいだに思った。 しかし目蓋は動いても、足はさっぱりちっとも動かない、 神様はその辺には配慮してくれなかったらしい。 俺は今、猛烈に逃げたいのだが。 I t h o u g h t I w a s d i e . 事の始まりは例によって、いつも俺を振り回す赤ん坊家庭教師の一言からだ。 暇だからファミリー内チーム対抗ドッジボール大会をやろうと言いだした。 俺の拒否の言葉をリボーンが聞き入れるはずも無く、 やたらやる気の獄寺君や山本、お兄さんに、 京子ちゃんやシモンの面々まで巻き込んで、 (ファミリー内じゃ無かったのかと突っ込んだら蹴りを食らった。全く理不尽である)、 かくして放課後のグラウンドで、ドッジボール大会は開かれる事となった。 ところがふと、リボーンが俺に言った。 「おいツナ。雲雀も呼んでこい」 「はぁ!? なんで俺が呼びに行かなきゃならないんだよ。だいたい、雲雀さんが参加するはず無いだろ」 「お前はボスだろ。ファミリー内でも向上心は必須だからな、つべこべ言わず行ってこい」 そして蹴りを食らって駆り出された。全く、理不尽である。 どう考えたって群れるのを嫌う雲雀さんが参加してくれるはずが無い、 むしろ放課後の校庭で群れるなと襲いかかって来た方が自然だとすら思う。 とりあえず応接室を覗くだけ覗いて、居なかったとか断られたとか適当に理由を付けて戻ろうそうしよう。 そう決意しながら応接室に辿り着いた。階段を上がったせいで息が切れる。 廊下側の窓の隙間から中を伺う。 部屋の中はしんと静かで、人の居る気配はしない。 いつも座っている執務机も見えたけれど、姿は無いようだ。 留守なら話は早い、雲雀さんはやむを得ず不参加という事だ。 疲れたしちょっと休んでから戻ろう、 のんびり行けば、あわよくば俺もドッジボールに参加せずに済むかも知れない。 そう思って扉をそろりと開けて中を覗いたけれど、やはり誰も居なかった。 良かったぁ、と安堵しながらソファに座ろうと歩み寄って、そう、そこで心臓が止まった。 ちょうど窓や入り口からは死角になっていた革張りのソファの上で、 件の雲雀さんと、そして何故かディーノさんが、 狭いソファでこれでもかと密着して眠っていた。 え、なにこれどういう事どうすりゃ良いの意味わかんねぇっていうかなんでディーノさん居んのしかもなんでそんなくっついて寝ちゃってんのここ学校だろいい加減にしろよもう嘘でしょ馬鹿じゃないの。 ディーノさんが一方的に雲雀さんを抱き締めているように見えたけれど、 良く見れば雲雀さんの腕もディーノさんの腰に回されている。 ふたりとも穏やかに、それはもう穏やかに、眠っている。 あ、もちろん俺は穏やかじゃないから安心してくれ。 確かに前々からふたりが恋仲だとは風の噂で聞いていた。 あの何人たりとも近寄れないプレッシャーを放つ雲雀さんに、 ディーノさんは平気で近付いて、俺の前でハグまでしてみせた事もある。 対する雲雀さんも、離せと手を出し足を出し暴れていたが、 そんな暴行を容易く避けてディーノさんは、やんちゃだなぁなどと笑っていた。 雲雀さんの頬が赤かったのは苛立ちのせいなのか、それともあれなのか、それなのか、どれなのか。 答えは知らなくて良い。 しかし、たとえふたりがそういう関係なんだとわかっていたって、 いざ現実にこんな馬鹿っぷるぶりを目の前で見せつけられてはもう俺は頭を抱えて悲鳴を上げたくなる。 しかし駄目だ、今は駄目だ、 羽音ですら目を覚ます雲雀さんを起こしてみろ、 ただでさえ彼の眠りを妨げれば痛い目を見るのに今回は状況が状況だ、 雲雀さんが目を覚ましたその瞬間、俺の死が確約する事は必至。 なんとか足音をたてないように後ずさる。 自然と摺り足になるが、フローリングの僅かな段差につまづくなどという凡ミスは決してあってはならない、 細心の注意を払いつつ、もつれそうになる足を叱責する。 ここで気張らねばいつ気張る。まさしく死ぬ気だった。 少しずつ少しずつ、ドアへと近付く。 とりあえずふたりの姿がソファの背に隠れて見えなくなる位置にまで戻る事に成功した。 よしあと少し、あと少しだ。 「ん、」 こんな短時間に2度も心臓が止まるのはちょっと寿命に大きく影響すると思う。 ソファの背もたれの向こうから聞こえた声に俺はまた鼓動と目蓋を忙しなく動かし、 そして足はまたその場で固まる。 「…ディーノ、」 間違いなく雲雀さんの声だ。 雲雀さんが目を覚ました事にもなのだが、 あの雲雀さんがディーノ、と名前で呼んだ事に驚いていた。 「ん? 恭弥、どした…?」 呼ばれたディーノさんも目を覚ましたらしい。 しかし幸いにもこちらに気付いた様子は無い、 ドアとの距離は目測にしてあと3メートル、なんとかこのまま逃げ切りたい。 「…ぅ、ん」 ところが雲雀さんは曖昧に相槌を返すだけだ。 するとディーノさんが苦笑混じりに呟いた。 「…なんだ恭弥、寝言かよ」 ふふ、と優しく笑うのが聞こえる。 見えてないのに、あぁ今頬にキスしたんだろうなぁと思った。 それから、はっとした。今だ、今しかない。 俺は慎重かつ迅速に、まるで忍者かなにかの様に、見事無音で応接室を脱出した。 まるでフルマラソンを完走しきったかの様な感動があった。 歓声なんて贅沢は言わないからせめて溜め息くらい吐きたかったが、 それさえも飲み込んでのろのろと応接室から離れる。 扉は閉められない。許せ。 緊張が解けたせいか、階段で4回ぐらい転げ落ちそうになった。 あぁ疲れた。本当に疲れた。なんで俺がこんな目に遭わねばならないんだ。 しかし、花びらの音ですら目を覚ます雲雀さんが、 ディーノさんに呼びかけられても眠っていたというのが意外だった。 そもそもあんな密着して、抱き合って、 警戒心剥き出しの普段の雲雀さんからは想像も付かない姿だ。 決してディーノさんの片思いではなくて、 雲雀さんもディーノさんの事が好きで安心しきってるんだなぁ、と思うと、 つくづく俺の兄弟子はとんでもない人なのだと実感する。 いやしかしそれとこれとは話が別だ、 あの穏やかなディーノさんに感化されて、 少しは雲雀さんも丸くなれば良い。そう思う。強く思う。 あぁ、もう、死ぬかと思った。 (ツナの奴、なにしに来たんだ?) 120603. back |