広い畳の部屋で、卓袱台の上に置かれたブッシュドノエルを男ふたりで囲む。
妙な光景だろうと、その内のひとりでありながら強く思う。
そしてそれをさっきから隣にひっついているディーノが余計に奇妙な画にさせている。
つまりこの人はそんな事ちっとも思ってないんだろう。


「…寒ぃな」


ぶるりと震えたディーノは、やたら嬉しそうに一層僕にくっつく。
愛しいのと鬱陶しいのとで胸の中がもやもやしている。
この体温で暖を取っているのは事実だが、
気分的なところで暑苦しいのだ。


「…食べないの、これ」

「こんな夜中に食べる?」


ディーノはさっきからこんな調子なので、
せっかくのブッシュドノエルも机の上で完全に置いてけぼりだ。
短針はまもなく0時を跨ぐ。
なるほどケーキを食べるのに適した時間とは言えない。


「食べる、」


でも僕は一般論になど興味は無い。
ディーノは何故か嬉しそうに笑う。


「可愛い」

「なにが」

「お前が」


ぎゅうと抱きついて、頬に額に髪に、いつもより唇の触れる回数が多い。
短針はまもなく0時を跨ぐ。
日付は24から25に変わる。
この人がやたら大事にしたがるクリスマスになる。
でも僕はキリストの誕生日になど興味は無い。


「キリスト教徒のあなたがこんな事してて良いの」

「ん? ナターレは家族と過ごすもんだぜ」

「だから言ってるんだけど」

「あいつらならあいつらで、ホテルでのんびりしてるだろうさ」


僕の身体のあらゆるところに触れているディーノの肌が仄かに暖かい。
その温度が心地良くて、身を擦り寄せてしまうのはほとんど無意識下での話だ。


「恭弥は家族みたいなもんじゃねぇか」

「みたいでも、家族じゃない」

「恋人で弟子で生徒、それから嫁。ほら家族」

「勝手に嫁がせないでくれる」

「嫁げば良いのに。幸せにしてやるぜ?」


突然唇と唇がぶつかった。
ぶつかったと言ってもそんな勢いのあるものではなく、
たださっきまで一向に口周りには近付いてはこなかったから驚いたのだ。


「ん、」

「ボンナターレ、恭弥」


ちゅ、と軽い音を立てただけのキスなのに目眩がするようで、ディーノの胸にもたれ掛かる、
ほんとはディーノに寄り添いたいが為の言い訳だと自分でもわかっている。
時計を見れば、2本の針が頂点をぴたりと指していた。
25日。クリスマスだ。


「不思議だよな、日本は24日のが盛り上がるんだろ?」

「25日はもう門松の準備をしてるね」

「変なの」

「キリスト教徒でもないのに祝ってるんだ、根本から変なんだよ」


丸太を模したケーキの上に乗っていたチョコレートのサンタクロースを指で摘む、
足側を唇で挟んで、頭をディーノの口元に運ぶ。
素直に帽子部分をかじったディーノと、
愛らしいサンタクロースを噛み砕き舌で溶かし見るも無惨な形状にして、キスをする。
こんな時間に甘いチョコレートを食べる事をディーノは嫌がるかと思っていたけれど、
ディーノは僕の唇の端からこぼれたチョコ混じりの唾液を舐め取ってくれた。


「…それから日本のカップルは、24日から25日に掛けての深夜にセックスする事が多い」

「え、まじかよ」

「聖キリストの誕生日を、人間の最も醜い欲にまみれて迎えるんだよ」

「怒られねぇの?」

「だから、敬虔な信者なんて居ない、」


ディーノの胸に擦り寄るふりをして押し倒す。
畳だから固くはないけれど、ざらりとしたい草で肌を痛めはするかも知れない。
バターの色をした肌に顔を寄せて、チョコレートの匂いのキスを顔中に降らせた。


「…ねぇ、したいって言ったら、どうする?」


言えば、ディーノは困った様に笑った。
ディーノのこんな顔が好きだ。
正確には、だいたいどんな顔をしていても好きだ。


「だぁめ、」


軽々と僕を押し戻し、上体を起こしたディーノがいたずらを諭す様に、僕の唇に人差し指を当てた。


「さすがに今日は駄目」

「…僕よりも神様を優先するの」

「神様が巡り合わせてくれたからな、そこは一応」

「僕は神様とは関係無いよ」

「うん、でもやっぱ、そうやって生きてきたからなぁ」

「小心者」

「そんな事言うなよー」


今度はディーノがテーブルの上に手を伸ばす。
この人が持ってきてそのまま置いたケーキだったから、
お茶はおろかフォークさえも準備していない。
そしてディーノはフォークを取りに立つのも面倒なのか、
綺麗な形のブッシュドノエルを躊躇い無く指先で抉り、口元に運んだ。


「ん、んまい」

「なにひとりで食べてるの」

「はいはい、待ってな」


ディーノは指先で、先程の倍はあろうかという程のスポンジを豪快に摘む。
あーん、と促されるままに口を開く。
入ってきたケーキには目もくれず指先に舌を這わせたら、
予想はしていたが咎められた。


「おい、えろい事すんな」

「その気にしてやろうと思って」

「いつの間にそんな小悪魔になったんだ?」

「だって、いつ振りに会ったと思ってるの?」


口内に広がるココアクリームの甘さに酔いながら、
僕も品無くケーキを素手ですくう。
そのままディーノに与えてやるのも癪で、
文句を言われるだろうとは思いながら、その唇に塗りたくった。


「こら恭弥、食べ物粗末にすんな」

「粗末になんてしない、ちゃんと食べる」


キスをして、ディーノの唇ごとケーキを食べる。
ディーノはすっかり呆れた顔だ。


「最近の中学生って大胆だな、」


3ヶ月振りにあった恋人に情交を望まないって言う方が珍しいだろう、
第一僕をこんなに健全から遠ざけたのは他ならぬディーノだ。
ましてや僕の事が大好きなこの人がそれを我慢をするっていうんだから、
キリストって奴はよほどすごいらしい。むかつく。


「…最近の恭弥、のが合ってるかな」

「最近もなにも、3ヶ月も海の向こうに居たくせに」

「3ヶ月ぶりに会って、こんな熱烈な歓迎されるとは」

「歓迎されてる自覚があるなら、応えなよ」


もう喋るのも面倒で、というよりキスに夢中で、
とうに綺麗になった唇に飽きもせず噛みつく。
こらこら、と言いながらもちゃんと僕のキスに応じているディーノに腹が立って仕方が無い。
なにディーノのくせに大人ぶってるんだ。


「恭弥、可愛い」

「可愛くない」

「可愛いよ」

「じゃあそれで良いから」

「から?」

「して」


ディーノはなにがおかしいのか吹き出して笑う。
失礼な人だ、こっちは真剣なのに。


「ほんと恭弥、大胆」


僕も最早意地だった。
別にそこまでしたいわけじゃない。
ただ僕のわがままを聞いてくれないディーノにむきになっている。

僕にされるがまま、適当にキスを返していたディーノが、急に舌を差し入れてきた。


「ん」


慣れた動作で僕の舌を攫う。
ざらざらと粘膜の中で唾液を絡めて動き回る、
歯列をひとつひとつ確認するみたいになぞられて背筋がぞくりとした。
いつまで経っても離れないディーノは呼吸をしていないのだろうか、
僕はいい加減酸素が足りなくって息苦しい。
口内を荒らし回ったディーノが出て行く頃には、
それにずっと弄ばれていた僕の舌の付け根はじんじんと痛んだ。


「満足?」


ディーノが首を傾げて覗き込んでくる。
そんなわけ無いだろ、そう言おうとしたけれど痺れた舌はうまく動かなかった。
あなたは満足そうな顔をしている。
今日はこれで勘弁な、と今度は頬に軽く音を立てた。


「…つまんない、」

「わがまま言わないの」


ぎゅうと抱き締めてくるディーノの体温で、
くだらない意地が溶けていくのを感じた。
思わず噛んだ下唇をディーノの白い指が撫でる。
いっそガキだと笑ってくれれば楽なのに、
そうはしないでどこまでも甘やかすこの人が腹立たしい。
それと同じくらい、馬鹿みたいに愛しい。


「今日はのんびり、ケーキでも食って過ごそうな」


鼓膜を震わせるディーノの声に、
衣服に邪魔されない首筋の直接接触を確かめる様に肌を合わせる。
とくりと脈が鳴っている。急に眠たくなってくる。


「その代わり明日は、嫌になるまで構ってやるよ」


囁く言葉に合わせて喉仏が動いてぞくぞくした。
この熱を明日まで持て余せなんて酷な話だ。
憎たらしい程整ったその顔を見上げたら、額を触れ合わせて、
僕を細めた目で見下して呼気だけで、待て、出来る?、などとほざく。
犬じゃないんだよ僕は。
それなのに身体は信じられない事に従順で、もう明日のその時を待ちわびている。
すっかりあなたの良い様に慣らされていると悔しくなる。
それなのに心の端では嬉しいとも思っている。僕は頭がおかしいのかも知れない。

だったらもうこんな甘い熱は忘れさせて、
クリスマスパーティに夢中にさせて欲しい。
再びノエルに伸ばした手を恭しく取ったディーノは、
わざとらしく音を立てて口付ける。
待てが出来ないのはどっちなのさ。
負けじとケーキまみれのディーノの指にキスをする。
彼に溺れてるのか、クリームに溺れているのか、
もどかしさを持て余して少しだけ目を閉じた。




 情 動 ブ ッ シ ュ ド ノ エ ル         









111224.


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