「なに、これ」 恭弥はいつもの仏頂面で、でも心なしかいつもよりもっと不機嫌な顔で、 ずい、と右手に掴んだ薄い携帯電話を俺の真ん前に突き出した。 m y s w e e t s t a l k e r 「それ? 俺のけーたい」 「違う、この画像だよ」 恭弥の手で、携帯が更に俺に近付く。危うく顔面衝突しそうになった。 目と鼻の先の携帯の液晶画面はデータフォルダ、 フォルダ名は分かりやすく『きょうや』。 愛しい目の前のこの子の名前。 まぁつまり、大好きな恭弥の隠し撮り写真集、みたいな。 だって好きなんだもん。 「…んーなんていうか、好きを通り過ぎちゃった系?」 「意味分かんない、なんで通り過ぎるわけ」 「勢い余って」 「好きならちゃんと僕の所で停まって。行き過ぎないで」 あー怒ってる。 俺なりの全身全霊の愛情表現なのだけれど、 恥ずかしがり屋でジャッポーネの愛しいハニーには、 少し刺激が強過ぎたのだろうか。 「ていうかこれいつから撮ってたの、一番古いの半年前なんだけど」 「だって半年前に、恭弥も俺の事好きって言ってくれたから、じゃあ良いかって」 「なにが良いわけ」 「彼氏の特権的な」 「ふざけてるのかい、このストーカー」 「いいぜもう、恭弥公式ストーカーで」 「良くないよ死ね変態」 「…恭弥のお望みなら」 こっちは真剣にそう答えたのに、 恭弥には真顔で馬鹿じゃないのと一蹴された。 恭弥は片手で人の携帯を畳んだり開いたり、 ぱちんぱちんと音を鳴らす。 これはあれか、いらいら主張なのか。 怒ってます主張なのか。 その内その折り畳みが逆方向に変わりそうだなぁと、 自分の携帯の危機を他人事の様に思った。 でも少し考えて、恭弥フォルダの存在の危機でもあると気付いて、焦った。 「違ぇよー、俺なりの愛情表現なんだよー」 「あなたストーカーってなにか知ってる、愛情表現じゃなくて犯罪行為だよ」 「可愛過ぎる恭弥が罪なんだ」 「なにその責任転嫁、死ねば」 「…恭弥の今日、可愛くない」 「わお、僕無罪、おめでとう」 「あああぁぁほんと可愛くねぇ、先生はこんな屁理屈たれに育てた覚えはありません」 「僕だってあなたを変態にした覚えは無いよ」 恭弥のいじわるー、と両手で顔覆って泣き真似してみたら、 黙れ変態、ってひとこと、 この子こんな口悪かったかしら。 「俺マゾじゃねぇから変態なんて言われても嬉しくねぇぞ」 「その発想が変態なんだよこの変態」 「やめて、そっちに目覚めたらさすがに俺でもへこむ」 「なに見出してんの変態、ほんと救いようの無い変態だね、いつの間にそこまで堕ちたわけ、変態」 「そ、そこまで言わなくたって良いだろ…」 と。 ふっ、と突然恭弥が吹き出した。 ふふふ、と声は段々大きくなっていって、 あの恭弥が声を上げて笑っている事に、 もしかして俺やり過ぎたかと心配で真顔の俺をよそに、 恭弥は一通り笑うと、また、ふふ、と笑いながら言った。 「ねぇ、僕ら、何の話してたんだっけ?」 目尻を擦りながらまた肩を震わせる。 んー、と形だけの考える振りをして。 「俺は恭弥が大好きだぜって話」 「あぁ、もう、良いよ、それで」 呆れた様に言うと、はい、と、 携帯を俺の上着のポケットに返してくれた。 一線を越えた愛すら受け止めてくれるなんて、 さすが愛しのハニー。 やっぱり今日も可愛いって抱きついたら、 うざい離れろ変態って言われた。 だからやめろって喜んじゃうから。 これからもずっとずっと可愛い君を、 これからもずっとずっと、愛してる。 多少のツンデレは受け入れるから、 多少のストーカーも、受け入れて? 耳元で言えばこそばゆそうに、 ふざけないで、とキスされた。 (でもさぁ、 帰ってきた携帯から、 恭弥フォルダがばっちり削除されてたんだけど、 これはどういう事。) 110822. back |