最早ディーノは当然の様に、放課後の応接室まで僕を迎えに来るようになっていた。
こんな胡散臭い外国人の侵入を許すだなんて、
この学校の風紀が緩んでいる証拠だ。
委員達にしっかりしろと言ってやりたいのに、
絆されているのは誰よりも僕自身であるから何も言えない。

今日もいつもの様に、どたどたと足音を立てて、
そのくせノックもせずに応接室のドアを開けて、
これまたいつもの様にハグとキスをされた。


「久しぶりだな、恭弥。会いたかった」


目を細めて髪を撫でられた。
1ヶ月振りに触れた掌に、僕の体温が上がった気がした。
経験上、刺青が彩る首筋から香る甘いトワレの匂いを嗅いでしまったらもう、どうしようも無い。
僕はこの男に抱きすくめられたまま、
為す術も無くホテルへ拉致される。
そこで嫌になるくらい乱れて汚れて愛されて、
思い返す度に舌を噛み切りたくなる程恥ずかしい事をする。
なのにいつの間にか僕は、そうなる事を望むようになっている。
あのホテルの馬鹿みたいに広いベッドで、
乱されて、汚されて、愛されたい。

上がった体温が確かなものだと気付く頃には、
やっぱり僕は赤いフェラーリに招待されていた。
絆されているのは誰よりも僕自身。
あぁもう何も言えない。



「恭弥、それ、宿題?」


浴室から出てきたディーノが、金髪をタオルでかき混ぜながら僕の隣に腰掛ける。
一足先にシャワーを浴びた僕は、
ベッドに座ってディーノを待っていた。
でもただ大人しく座っていては、まるでそうなる事を望んでいると言わんばかりで嫌だったから、
僕は学校の図書室で借りた本を読んでいる振りをした。
内容なんてちっとも入ってこない。


「違う。図書室で借りた」

「へぇ、読書家だな。なんて本?」


お願いだからそんな甘い瞳をしないで欲しい。
日本語が読めないくせに、僕の持つ本の表紙を見ようとディーノが屈む、
そうすると石鹸の匂いがふわりと舞って、目眩がした。


「罪と罰」

「あぁ、ドストエフスキーな。俺も学生の頃読んだぜ」

「ふうん、」


そう答えるだけで精一杯だ。
ディーノとの共通点を見つけて嬉しくなっている、
まるで女の子みたいだ。

ディーノは、あ、と気付いた風な顔をすると、得意気に僕を見た。


「なぁ、罪と罰って、反対から読むと、唾と蜜なんだぜ」


どこで仕入れてきたうんちくなのだろうか、
理性と意地とを総動員で沸き上がる欲を必死で押さえつける僕を後目に、
いたずらっぽく耳元で唇を動かした。


「なんか、えろいよな」


あぁぁぁこの人はからかってるだけなのに、
耳元でそんな事言われたらもう僕は自分でも分かる程真っ赤で、涙目で、
ディーノのまだ濡れている髪を両手で掴むと、
何も考えずに、唇に噛みついた。


「…っ、きょ…、」

「ば、かじゃないの…っ」


ばたりと僕の手から落ちた本が床に墜落して音を立てた。
図書室の本をこんな風に扱ってはいけないけれど、
もう僕はそれどころじゃない。
ディーノは驚いて目を見開いていたけれど、
すぐさま荒っぽいキスに応じてくれた。


「っは、ふ…」


舌が入ってくると途端に空気まで熱くなる。
ディーノのキスは、まるで僕から呼吸を奪う様なキスだ。
だから僕はいつも酸欠で、苦しくて、頬も目尻も真っ赤にしてしまうのだけれど、
それが好きで好きで堪まらないのだから、どうかしてる。
とにかく必死で口内を犯す舌に応える。


「どうした、恭弥…今日は積極的じゃねぇか」


再び耳元に寄せられた唇で囁く声は、
さっきまでの爛漫な声ではなくて、
低く艶っぽい、いやらしい声。
僕しか知らない、この人の本性。
悪い顔をした大人に押し倒された。


「1ヶ月振りに会えて、嬉しい?」

「…ディーノ、」


もうどうにでもなってしまえ。
肯定の意味を込めて、首に腕を回した。


「ふふ、俺も嬉しい。恭弥…」


ディーノの唇が胸に、指が下肢へと伸びる。
バスローブ姿だった僕は一瞬で裸にされる。


「あっ…、は…」


胸元の突起を舐め上げられると、僕のじゃないみたいな声が出た。
それに気を良くしたディーノは、僕の性器に指を這わす。


「や…っ」

「恭弥、力抜いて、大丈夫」


身体を硬くした僕の頬を撫でて、
ディーノは優しい声で言う。
ずるいと思う。こんな時くらい、もっと余裕の無い声をすれば良いのに。
僕ばっかり踊らされてる。


「あぁ、ん…ふ…、」

「恭弥、可愛い…」


やられてばかりでは堪らない。
僕はそっとディーノの胸を押す。
不思議そうに動きを止めたディーノを座らせて、
その足の間に顔を埋める。


「恭弥、何して」

「…黙りなよ」


整い切らない吐息が掛かったせいか、ディーノがぴくりと跳ねた。良い気味だ。
こんな事、頼まれたってしてやらない。案の定びっくりしている。良い気味だ。
僅かに濡れたそれを舌で舐め上げてもっともっと濡らす。
変な味が口の中に広がる。
両手で握って、先の方を唾液を絡めて執拗に舐め回したら頭を掴まれた。


「きょ、や、」


切なそうな声と膨張した目の前の獲物、溢れてきた苦味に知らず笑みが浮かぶ。
口内に含んだら慌てた様に髪を引っ張られた。
ずるいと思う。いつも僕が嫌だ嫌だと叫んでも止めないくせに。


「っもう、良いから、恭弥」

「なに、逃げるの」

「そんな、可愛い事されたら、もう」

「わ、」


抱きすくめられて、そのままベッドに沈む。
押し倒されるのは今日2回目だ。
首も胸も腰も腿も、所構わず口付けられ、痕を付けられ、
痺れる様な感覚と一緒にやわやわと後孔を撫でられて動けなくなる。


「やっ、ばか、」

「やらしいな、お前は」


ディーノが僕を見つめる。
とろけた瞳に酔いそうだ。
口をぱくぱくさせれば僕の意図を汲み取ってくれたらしい、
再び深いキスを与えてくれた。
口内に入ってきたディーノの舌を噛み千切ってしまいたくなる。
それすらも笑ってすり抜けて、僕の歯列を順になぞって、
熱い唾液を送り込んでぐちゃぐちゃにかき混ぜて、
絡めた舌を飲まれんじゃないかってくらい、吸われる。
僕は喘ぐしかない。
喘いでこのずるくて汚い大人を煽るしかない。

こんなものじゃない、こんなものじゃ足りない。
全然足りない。
もっと唾液より深くにあるものを、
もっと蜜より甘い蜜を、
存分に、絡めて舐めて絡め取って舐め取って絡め上げて舐め上げて欲しい。
欲しがって欲しい。
僕を無くしては生きていけないとでもいうぐらい、
歯が浮く様なせりふを悔しい程馬鹿みたいに格好良く言い放って欲しい。
欲しい。欲しい。欲しい。


「欲しい…、」


めいっぱいの情欲を乗せて声にすれば、殆ど掠れた。
でも、長い睫毛を伏せたディーノが嬉しそうな顔をする。
もうどうにでもなってしまえ。


「良いぜ、恭弥…やるよ…」


後ろをかき回していた長い指が引き抜かれて、
ディーノの張りつめたものが押し当てられる。
息が詰まった。


「あ、」

「力抜いててな、」


あぁ、こんな胡散臭い外国人の侵入を望むだなんて、
この僕の風紀はどうしてしまったのだろう。
ディーノに出会う前の自分がこの事を知ったなら、一体どんな顔をするかな。
ふいに可笑しくなって、なんだか投げやりな気持ちで、
半ば押し付ける様に舌を突き出し、見せつける様に甘い溜め息を漏らした。


「こら恭弥…声、やべぇって…」

「…なに、誰か、聞いてるわけ」

「そうじゃなくて、俺がやべぇ」


苦笑しながらの言葉に笑い出したくなった。


「ならもっと、出したげようか」

「あぁ、もっと出してもらうぜ」


突き上げられた。宣言通り変な声を出してしまった。
いざそうなると急に恥ずかしくなったけれど、
僕の好きなところを知り尽くしたディーノに攻めらてるのに、
そんな事は言っていられない。
僕はあられもなく、鳴く。


「あ、あ、あ、」

「恭弥、っ、…」

「ん…ぃの、ディー、の…ぁあ、」


ディーノの打ち付ける腰が早くなる。
僕もみっともなく腰を揺らした。
めちゃくちゃにかき抱かれて、
深く深く口付けられて、
それで片手で僕の性器を解放に促しているのだから、
なんて忙しい人だと思う。
それでも愛おしくて仕方が無い。
腕を、足を、ディーノの身体に巻き付けた。


「っあ、も、だめ…っ、」

「良いぜ恭弥、っ俺も…」


ディーノの言葉を聞くより早く、僕は果てた。
少し遅れて、体内でディーノがびくりと震えて、ディーノも達したのだと知る。
しばらく電池が切れたみたいに動けない、
乱しきった息を何とかしようと頑張る。
こういう時いつも先に動くのはディーノで、
僕の頭を優しく撫でて、甘ったるい顔でこちらを見ている。
こんな事をした後なのに、まるで保護者みたいな顔をしているから、
腹が立ってまた唇めがけて歯を立てる。


「今日の恭弥、キス魔。可愛い」


それをものともせず、笑って受け入れるディーノが無性に腹立たしく、
沸き上がる愛しさは互いの唇の間で押し潰す事にした。


例えば罪が、この人を好きになった事ならば、
罰はきっと、会えない時間、離れ過ぎた距離。
嫌じゃないとは決して言えない、けれど、
互いの離れた時間と距離は、飛び切り甘い唾と蜜が埋めていく。
それでも良いかな、今は。

ディーノが唇を降らす。
僕はそれを受け入れる。

なんだか愉快になってきた僕が、寝転がっているディーノに跨がったら、
優しい瞳は再び色を変えた。




 唾 よ り 深 く 、 蜜 よ り 甘 く 。         









グラホから仕入れたネタです\(^o^)/
罪と罰、読んだ事無いです、読みたい。









110822.



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