身体が重い。
次いで瞼も重い。

その重い瞼をゆるゆる開ける。
目に入った派手な天井は、間違いなく応接室のそれではない。
視界の端でふわふわ揺れていた金髪がこちらの様子に気付き、
嬉しそうに空気を含んで、一層跳ねた。


「お、良かった恭弥、起きた」

「…学校に居たはずなんだけど」

「うん、連れてきた」


彼はさらりと言ってのけるが、それは少なくとも日本では犯罪だったと思う。
一発殴ってやろうとして、しかし重い身体はなかなか起きあがろうせず、ふらついた。


「おいおい無理すんな」

「何が」

「何が、じゃねぇだろ」


ディーノが苦笑する。
折角苦労して上体を起こしたのに、彼の腕でやんわりとベッドに押し戻された。


「熱中症」

「何が」

「お前が」

「何で」

「何でってなぁ」


ディーノは困った様に笑いながら僕の髪を撫でた。
いつも、そうされる度に、子供扱いされてるみたいで嫌だった。
そしてそれを心地良く感じてしまう自分が何より嫌だ。


「応接室行ったらお前、死んだみたいに動かねぇから。驚かせんなよ」

「知らないよ」

「ともかく、絶対安静」


かてきょー命令だ、とディーノは片目を瞑って僕の鼻を弾いた。
偉そうに。へなちょこのくせに。


「いくら応接室がエアコン付いてるからって、今の時期はちゃんと水分取らないと」


そう言ってディーノは備え付けの冷蔵庫から2本のスポーツドリンクを持ち出すと、
ひとつをこちらに差し出してきた。
ひやりと冷たいそれにくらくらした。
僕が蓋を開けもせず、その温度を掌いっぱいに奪っていると、
ディーノはもう1本のそれを開けて口を付けていた。
たかだかペットボトルの飲み物を飲むというそれだけの行為なのに、
彼がやると妙に色っぽいから不思議だ。


「ん、どうした?」


じっと見ていたら不思議そうな視線を返してきた。
濡れた唇が欲しくて堪らなくなったと言ったら、
この腹が立つ程整った顔は一体どんな風になるだろう。
見てみたい。


「ねぇ、」

「ん?」

「僕にも頂戴」

「あげたろ、お前の分」

「あなたのが欲しい」


ぽかんとしていた顔は、一瞬の間を空けて、
それから音が出そうな程赤く染まった。
してやったりな気分で、その赤い顔に手を伸ばした。


「病人だよ。労りなよ」

「お前、なぁ…」


あぁ、そう。この顔。
僕が好きで好きで堪らないこの顔。
いつも僕を翻弄して先導する大人の顔をしたずるい彼だって大好きだけど、
溢れた余裕がさっぱり消え失せた、いっぱいいっぱいになってる、愛しくて可愛らしいこんな表情はもっと好き。

ディーノはスポーツドリンクを辿々しく口に含んだ。
口端からこぼれた滴が彼のシャツに染みを作る。
動揺してる。へなちょこ。可愛い。

顎を取られ、上から被さる様に口付けてきたディーノが薄く唇を開けると、
彼の体温で少し温くなったスポーツドリンクが流れ込んできた。
甘いそれを受け止める。


「ん、」

「…は、」


そのまま、どちらともなく舌を差し入れ絡め合い、空になった互いの口内を貪る。
スポーツドリンクの味が残るキスは、いつもより甘くて心地良い。


「は、もっと」

「ん…」


強請るとディーノは微笑み、飽きもせずペットボトルの中身を口移してくれる。
もどかしく、幸せな、水分補給。
その内空になったペットボトルが放り投げられると、
いよいよディーノはベッドに乗り上げて覆い被さってきた。
先生面で絶対安静とかなんとかって言ってたのは誰だよ。
口付けも益々深くなる。


「恭弥…」

「…ん…でぃ、の、」

「…恭弥?」


ディーノの動きが止まった。
というか、こちらの動きが止まったからそれに倣ったと言った方が正しい。
失った水分を得て、空調の管理された部屋で、清潔なシーツにくるまって、
愛しい人に、キスをされて。
いつの間にか微睡んでいた僕に気付くと、彼は慈しむ様な目で笑った。


「でぃーの…キス…」

「…はいはい、可愛いなぁ、お前は」


ディーノはすっかり大人の余裕を取り戻してしまって、ちょっただけ悔しかった。
キスも啄む様な優しいものに擦り変えられる。
今日も僕の負けだ。


「おやすみ、恭弥」


大きな手が髪を撫でる。
あぁまた僕を子供扱いして。

僕はいつかこの人に追いつけるだろうか。
例えばあと10年経てば、この人の中の僕は、大人になれるのだろうか。
そこまで考えて、止めた。
どっちでも良いか。
この人が僕を好きだという気持ちが、そこにあるのならば。

生温い手のひらに包まれながら、
僕は目を閉じた。




 水 分 供 給         









110822.



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