< ! > ディーノが病んでます、ご注意ください。







白い肌を犯す痛々しい青痣はすべて自分がつけたものだ。
その痣を親指で押しなぞって、空いてる左手で黒い髪を掴み上げた。
細い喉が震える。高い声が跳ねた。


「あッ…、」


ぼんやりと、痛みに喘いでも尚ここまで美しいのはこの子くらいだろうなと思った。
この子と同年代の人間は何人か知っているけれど、
彼らの誰1人としてこの子には到底適わない。
腰に出来た裂傷を爪を立てて辿る。
眉を寄せて悲鳴を上げる子が愛しくて、愛しくて。
愛しいのに。

傷口にじわりと血が滲む。
染み出る様なそれがもどかしくて、今度は爪を突き刺した。


「あぁ!」

「……、」


指先を濡らす体液を見つめる、
警戒色をした体液を見つめる。

陶器の様な肌に汗が浮かんでいて、
でもそれはもしかしたら涙なのかも知れない。

あぁこんな事をしたいんじゃないのに。
そう思ったのは自分の頭の中の、全然違う誰かなのだろうか、
俺は両手で細い首を絞め付けた。


「…はっ、ぇ、…あっ、」


唇から唾液がこぼれる。
切れてしまった口端に滲みてしまわないだろうかと、不思議な心配をする。
その唇の傷を作ったのは他でもない自分なのに。
なによりもっと酷い事を、もっとした。している。


「ぃ、の…ッ、ディー、の…」


呼吸が苦しいだろうに、この子はその細い指を、
酸素を求める為ではなく、俺の頬を包む事に使った。
この子の白い肌のあちこちを赤や青や黒に染めたのはひとつ残らず俺で、
なのにその俺は傷ひとつ負っておらず、
つまりこの子は何ひとつの抵抗もせず、
それは俺の心ばかりをずたずたにした。


「でぃ、の…」


とうとうその目尻からはっきりと涙がこぼれ落ちるのを見てしまって、
心臓に一際大きな亀裂が入った。
両頬を包む小さな手が大袈裟なぐらいにがくがくと震えている。
なんとも思わないわけがない。
愛しい。愛しいのに。
なんで俺はこの子を傷付けているのだろう。

両頬に感じていた冷たい皮膚の感触が遠退く。
白い両腕がだらりと落ちた。
腕よりもっと白い、血の気の無い顔も、
涙に濡れた目を残酷に開けたままぴたりと停止した。
そこまできて初めて、身体が言う事を聞くようになった。


「きょう、や…」


恐る恐る唇に触れると、微かに息が吹き掛かった。

改めて見なくても酷い状況だった。
身体中、正常な色をしている部分を探すのが困難なくらいで、
打撲、切り傷、擦り傷、噛み痕、
鞭で縛りつけた痕、乱れた髪、破れた制服。
綺麗な肌は血と唾液と涙でべたべたに汚れていた。

視界がぼやけて、ぐちゃぐちゃになった。
なんで俺はこんな事をしているのだろう。
重力に従って涙は、俺が組み敷いている子の顔にも雨の様に落ちた。


「きょうや。きょうや、きょうや…」


呼ぶけれど、返事が無い。
あるわけがない。俺のせいじゃないか。

手を伸ばして抱き寄せようとして、
この手がどれ程この子を殴り付けたかを思い出して、
どうしようもなく罪悪感に飲み込まれて、すぐにでもこの腕を切り落としたくなった。
もっと、優しくこの子に触れたくて、優しくこの子を抱き締めたくて、
そうだ、この手はこんな事をする為にあるんじゃない。
なのに、なんだ、このざまは。

ベッドサイドの引き出しをひっくり返して、
見つけたペーパーナイフを手首にめちゃくちゃに突き立てた。
切れない。切れない。どうしよう。

その時、ナイフを握った右手首を、震える白い冷たい何かに掴まれた。
見なくても分かった。世界で1番愛しい手だ。
それから中途半端に血を流す左手首を、
満身創痍の子に慈しむ様に取られた。


「だめ、ディーノ…」

「きょう、や、」

「そんな事、しないで。痛いのは、僕だけで良い」

「きょうや…」


もう駄目だった。
前が見えなくなるくらい泣いた。
触れる事を躊躇っていたら抱き締められた。
もう駄目だった。


「…ディーノ、僕が、居るよ。あなたには僕が、ずっと居るよ」

「きょうや、きょう、や、…ぅ、あぁ」


もう言葉すら言えなくなって、
ただ沸き上がる涙と嗚咽をだらしなく垂れ流した。

苦しい。悲しい。辛い。痛い。居たい。
泣きたい。消えたい。会いたい。狂いたい。死にたい。出来ない。
恋しい。切ない。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。

自分を包んでいた体温が少しずつ冷えていくのに、
気付かない振りをした。




( 心臓に、一際大きな亀裂が入った )




 ハ ー ト ブ レ イ カ ー         









111027.



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