頭の先から爪先まで、15年間使い慣れてきたはずのこの身体が、
今は少しも思い通りに動かない。
とりあえず全身を巡る感覚から逃れようと必死に伸ばした手を、
ディーノはどう思ったのか、受け取って甲にキスをした。
今の僕は自分史上最高にみっともない。
前の行為の時もそう思ったから、絶賛記録更新中なわけだ。
首筋にぴり、と痛みがして我に返った。


「ちょっ、と…、そこ、見える…」

「馬鹿、見せなきゃ意味ねぇだろ」


にやりとする彼を本気でぶっ殺してやりたくなった。
こちとらまだ未成年だ。義務教育中だ。
不純交際を取り締まる立場の風紀委員長だ。
ネクタイを締めれば隠せるだろうか、
そう思ってたらまた痕を付けられて、とうとう殴った。


「あだっ」

「いい加減にしなよ」

「だって恭弥可愛いから、ちゃんと俺のだって印付けとかないと。不安なんだよ」

「人を物みたいに言わないで」

「まさか。恭弥は大事な恋人だ」

「…見えるとこには、痕付けないで」

「だから、見えなきゃ意味無いだろって」

「そんなの付けなくたって、僕はあなたのだよ」


言ってからしまったと思った。
案の定ディーノはぱちりと開いた瞳をぱっと明るくすると、
思い切り抱きついてきて、思い切りキスしてきた。
唇が取れるんじゃないかと思った。


「恭弥、好き。まじで大好き。愛してる」

「わかった、ってば。もう聞き飽きたよ」

「なぁ恭弥は? 聞かせて、お前の気持ち」

「あなたの事なんて、何とも思ってない」

「何ともかよ、それはちょっとショック」


そうは言っているけれどディーノは嬉しそうで、
本心を見透かされているのは明確で、
そもそもさっきあんな事を言ってしまったのだから、
これでは嘘だと大声で宣言しているようなものである。

飽きもせずぎゅうぎゅうと僕を抱き込んで、広いベッドの上を転がる。
これだからこの人を調子に乗らせたくは無かったのに。
ふと目の前にディーノの鎖骨がある事に気付いて、思い立った。



結局朝になっても恭弥はキスマークに文句を垂れ続けた。
次やったら咬み殺されるそうだ。
正直、咬み殺すよ、よりも、嫌いになるよ、のが堪えるのだが、
恭弥がそれに気付かない内は無論黙っておくつもりだ。
不機嫌な、でも昨日の晩よりはどこか楽しそうな彼が、
ネクタイを付ける為に学ランの替わりにベストを羽織って登校するのを見送り、
俺も仕事に向かう準備をする。今日は商談があったはずだ。
余裕だろうとのんびりしていたらロマーリオが迎えにやってきて、焦った。
慌ててスーツに着替えて、出発の支度を済ませる。


「資料は持ったかよ、ボス」

「あぁ、ちゃんと持ったぜ。そんな、遠足前の子供じゃねぇんだから」


しばらく笑い合っていた腹心は、ん、と何かに気付いた風な顔をすると、
笑い声を抑え、にやりとからかう様にじろじろ俺を見た。


「そうだなぁ、もう子供じゃねぇもんなぁ」

「ん? なんだよそれ? …俺の顔、なんか付いてるか?」

「顔って言うか、首な」

「首?」


鏡台を覗き込んで、固まった。
これは。


「…やられた、」


首筋、シャツの襟が丁度被るか被らないかの辺りが、
不自然に桜色に変色していた。
あんにゃろう、いつの間に。
通りで今朝は楽しそうだったわけだ。


「恭弥もボスの手で、子供から大人になっちまってくんだなぁ…」

「そんな事言ってる場合かよ。どうしようこれ」

「嫌なら傷テープでも貼っとけよ」

「んなあからさまな」


楽しそうに言うロマーリオが恨めしい。
恭弥め、今晩覚えてろよ。咬み殺してやる。
鏡台の前で襟とネクタイを必死にいじくっている俺をロマーリオは呆れた様に見た。


「良いじゃねぇか。そんだけ目立ってれば、わざわざ言わなくたって恭弥のもんだって分かって便利だぜ」

「………」


そういえば昨日似た様な事を恭弥に言った気もする。


「…それもそうだな」


あの子が残してくれた所有の証を隠してしまうのは勿体ないとすら思えてきた。
恭弥も今頃、俺の残した痕を誰かに見つかっているのだろうか。
だったら楽しいな。締め過ぎた首もとを緩めて、ホテルを出た。




 1 平 方 セ ン チ の 復 讐         




( あ、雲雀さん、おはようございます。あれ、首元、虫さされですか? )









つなよしの ちょうちょっかん !
こうかは ばつぐんだ !
つなよしは めのまえが まっしろになった 。









111027.



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