あなたはいつも難しい顔で座っている執務机に居たのに上機嫌で、
僕が部屋に現れたのに気付くと、
机の上に広げた紙の内の1枚を持って、僕の方へ歩いてきた。


「なぁ見て恭弥、今日覚えたジャッポーネの言葉!」


それが習字の半紙だという事にはすぐ気付いた。
なるほど遊んでいたなら機嫌が良いのも納得だ。
仕事をしろと罵ってやろうと口を開きかけて、
そこに書いてあった言葉に絶句した。


「じゃーん、しょくよくの秋。なぁなぁ、どう?」


得意げに半紙を両手で見せびらかすあなたに、
思わず瓦割りでもするみたいに拳を叩きつけた。
薄い半紙は呆気なく破れた。


「わー! なにすんだよ恭弥! いっ、いくら下手くそだからって…」

「ば、馬鹿じゃないの、誰にそんな事、吹き込まれたの」

「へ? 商店街の服屋に書いてあったんだ。なんで食欲なのに服屋なんだろうなーとは思ったけど」

「……、」


話し言葉にはなんの不自由もないくせに、
書き言葉となると途端にさっぱりなこの人を殴りたい。
きっと服屋の店主に悪意は無く、単なる言葉遊びとしか思っていないのだろうが。


「…『しょくよく』は『食べる』っていう字だよ。それじゃあ…『色欲』だよ」

「しきよく? じゃあこれ意味違ぇの?」

「ぜんぜん違う」


あなたは不思議そうに破れた半紙を眺めた。なんだ違うのかよ、と。


「え、じゃあその、色欲ってどういう意味なんだ?」


あなたがそんな疑問を持つのも当然と言えば当然なのだが。


「それは、」


子供みたいな純粋な目で言われると困る。
だってそんな、綺麗な意味の言葉じゃない。
返答に困って目を泳がせていたら、あなたはにやりと悪い笑みを浮かべた。


「…あ。ちょっとわかったかも」


肩に手を置かれて、耳元に唇を寄せてきた。
放り投げられた半紙が足下で軽い音を立てて落ちた。
嫌な予感しかしない。


「なにが、わかったの」

「今の恭弥、俺がやらしい事言わせようとした時と同じ顔してる」

「……っ」


殴ってやろうとしたけど耳孔に舌を押し込まれて動けなくなる。
湿った音がなによりも近くでして肌が粟立った。
思わず膝から力の抜けてしまった僕を、
あなたは腹立たしい程紳士的に支えて抱き起こした。


「なに、するの」

「だって恭弥がやらしい顔するから」

「してないっ」

「ほんとかよ」


首筋を、触れるか触れないかのぎりぎりの距離で撫でられる。
背筋がぞくぞくしていけない。


「顔真っ赤にして涙目になって口半開きで溜息吐いて、これがやらしくねぇならお前のやらしいって相当レベル高ぇな」

「うるさい、そんな顔してな…ぁっ」


胸元を強く擦られたから変な声が出た。
そうなるようにしたのは他ならぬこの人だ。
あなたの勝ち誇ったみたいな顔が憎たらしくて仕様が無い。


「喘いじゃっても、やらしくねぇわけ?」

「……っ」


めいっぱい睨みつけるけどぜんぜん効いていない。
それどころかあなたは嬉しそうだ。


「まぁ間違った字書いたのはちょっと恥ずかしいけど。要は同じ事だろ」


あなたの刺青の腕に抱き上げられて、
執務室から隣の寝室に強制移動させられる。
ベッドに寝かされた瞬間、覆い被さったあなたに唇を食まれた。
僅かな快感で早くも起き上がっている浅ましい部分を大きな手で撫でられて、堪らず高い声が出る、
それすらもあなたに食べられてしまう。
霞のかかってきている脳は、それでもあなたとの距離だけは正確に把握していて、
だって悔しいぐらいこの人が好きなのだ。
難無くあなたの頬に辿り着いた両手に少しだけ力を込める。
あなたは殊更機嫌の良い顔をした。
相変わらず子供みたいな目をしているのには、少し呆れたけれど。


「どっちにしたって、食べちゃいたいって事で、ね」


年中盛ってる分際で、しょくよくの秋にかこ付けないで。
年中食べられちゃいたい分際で、小さくぼやいた。
食欲も色欲も独占欲も隠そうともしない。

あなたに食べられた。




 A u t u m n  L u s t         









商店街の靴屋さんにまじで書いてあった、ネタにするしかないと思った>色欲の秋
ちなみにちゃんと下に"Shokuyoku no Aki"て書いてありました笑









111105.



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