ひでぇよ、とあなたは怒ってるんだか悲しんでるんだか、 キッチンとリビングのあいだをさっきから行ったり来たり、 落ち着かなさげにうろついている。 鬱陶しい。それはもう。 あと3往復したら殴ってやろうと企んでいたら、 2.5往復したところで、なぁお前もそう思うだろ、と、ソファで座る僕の隣に滑り込んできた。 ストレス発散出来ると思ったのに。 折角だから0.5は四捨五入する事にして、金髪越しの額を叩いた。 あなたは、あでっ、と間抜けな悲鳴を上げた。 でも大して気にした素振りも見せず、聞いてくれよ、と頬を膨らます。 「ひでぇんだぜ、ツナの奴」 「小動物が、なに」 「ツナが、俺と恭弥が好きになり合ったら、世界の終わりだなんて言うんだ」 あなたの子供みたいにむくれた頬があまりに可愛らしいから、 思わず針でつついて穴を開けたくなる。 あの気の弱い少年の事だ、決してこの人の機嫌を損ねるつもりで言ったのでは無いだろう。 それにしても世界の終わりだなんて、 小動物のくせに上手い事を言う。 彼は世界の終わりを見た事があるのだろうか。 見た事も無いものに形容されるのはなんだか腹立たしいけれど、 どこか的を射ていて、それがまた妙に腹立たしい。 「試してみようか」 「…なにが?」 「世界が終わったらどうなるのか。見てみたいでしょ?」 「だから、俺と恭弥が結ばれたら終わるって言われたんだぜ? そんなの、て、」 びーびーと文句を垂れる唇を唇で塞ぐ。 口と口とを重ね合わせるこの妙な行為は愛情表現なのだそうだ。鳥みたいだ。 硬直したあなたを弄んでやりたかったけど、 腰に回された腕に軽々と身体の自由を奪われ、 そのままソファに押し倒されてしまった。 「なにするの」 「お前こそなにすんだ。心臓に悪い」 若干興醒めの僕にはお構い無しに、あなたは何度も執拗なくらいキスをする。 その感触が心地良くなり始めた頃、冷めたはずの感情が熱を持ち始めた頃、 あぁやっぱり、と思った。 誰かにこんなにも焦がれたり、会いたくなったり、 あなたの近くに居るだけで、勝手に体温が上がったり。 情なんかで結ばれたり縛られたりなんてまっぴらごめんなのに、 あなたの視線が意識が指先が、僕に向いているというただそれだけで、とんでもなく嬉しくなる。 これが恋だと気付いた時の僕の絶望感なんて、あなた、知らないだろ。 それこそ世界の終わりだと思ったよ。 僕の15年間生きてきた世界の終わり。 あなたという異星人の侵略によって、 終わりになった僕の生きてきた世界。 唇に受ける求愛行動が口内にまで及んで思わず笑みが浮かんだ。 「ちょっと、」 「なんだよ、良いとこなのに」 「そんな気分じゃない」 「そっちから仕掛けといてかよ」 「僕は、」 「僕のしたい事しかしない?」 「わかってるなら退きなよ」 「ちぇ、わーったよ」 あなたはいかにも渋々といった口振りで、 でも裏腹に楽しそうな表情で僕の上から退いた。 たまに僕から寄って行ったり甘えたりすると、こんな風に上機嫌になる。 マフィアのボスがこんな子供みたいにわかり易くて良いのかと心配にすらなる。 保育園からやり直すべきなのでは無いだろうか。 「世界の終わりだよ」 「あ?」 「世界の終わりだよ、って」 あなたは飽きもせず、僕の肩に腕を回す。 「恭弥までそんな事言うのかよ。終わらねぇって」 「終わりだよ」 「俺は恭弥の事愛してるし、恭弥だって俺の事好きだけど、でもほら、現に終わってなんてねぇだろ?」 勝手にあなたが好きって事にされている。 「終わりだよ」 あなたは困った顔をした。 内心そんなあなたがおかしくて可愛くて、笑い出しそうだ。 「終わりだよ」 とどめを刺した気分になる。 あなたはさっきまでの上機嫌をひとつ残らず失くしたらしく、またむくれた。 「…なんでそんな事言うんだよ」 「だって本当の事だ。とっくの前から」 「今日の恭弥、変だ」 「変じゃない。あなたこそ聞き分けの悪い子供みたい」 子供染みた頬をつつく。 爪を立てたけど人体に穴を開けるのはやはり簡単な事では無く、 あなたが痛ぇ、と目を細めただけだった。 「とっくに終わったんだよ、僕の世界は」 「どういう事だよ」 「あなたと出会わなかったらあなたを好きになる事なんて無かったし、あなたを好きにならなかったらこんなに弱い自分を知る事も無かった」 あなたはぽかんとしていた。 ほんとに子供みたいだ。託児所に預けてはいかがだろうか。 半開きの唇にまたキスをする。愛情表現を。 「だってこんなにもあなたが愛しくて仕方無い。あなたを失うだけで、どうしようもなく脆くなる。そんな自分は知らなかったんだよ、ずっと」 あなたは今度は押し倒してきたりせず、 僕の唇に応えながら、不安げな瞳でじっと僕を見ていた。 「あなたが始まりにして、あなたが終わりにした」 近付いた分だけあなたが強く感じられる。 好きな時に好きなだけ触れられる肌じゃないから、 会える時に会えるだけ触れておきたい。 「僕の世界の終わりだよ」 首に腕を回したら、あなたも僕を緩く抱き締めた。 他人の体温をこんな風に心地良く感じるだなんて、 自分でも孤高の風紀委員長が聞いて呆れると思う。 もう孤高のプライドもなにもあったもんじゃない。 「…恭弥」 まるきり混乱し切った顔であなたは僕を見つめる。 なに、と視線だけで返事をする。 「…なんか、良くわかんねぇけど、」 わかんないのかよ。 「恭弥が俺の事好きっていうのだけは、良くわかった」 あなたは珍しく恥ずかしそうに頬を赤くして、 ふわふわと締まりの無い顔で僕に笑いかけた。 そうだよ。僕はあなたが好きなんだよ。 自分でもびっくりするくらい、あなたに首っ丈だよ。 僕本人ですら予想出来なかった僕の世界の終わり方。 まさか胡散臭い外国人に恋をして、だなんて。 「終わりにした以上、こっから先は俺が責任持って、幸せにしてみせます」 「当たり前だろ」 あなたが僕にキスをする。愛情表現を。 それほどの接触を僕は受け入れている。 それだけの接触で僕は溶け落ちそうになる。 おしまいだ。 僕はこの人に恋をしてしまった。 世 界 の 終 わ り の 大 恋 愛 111229. back |