夏です。
茹だるような暑さもこうも毎年やってこられては、
再来年辺り人類は溶けて滅びるんじゃないか、なんて馬鹿げた事も本気で信じてしまう。
だが、例え一般市民が太陽光線にやられて息絶えようと、
並中の主の住まう応接室だけは話は別だ。
なんてったってこの街を支配する人間が居る場所なので温度管理は年中最適に保たれている。
そして彼とは一応顔馴染みなのだからこれを利用しない手は無い、と、
散歩中にふとそんな事を思い出したのでちょっと涼みに寄ったのだが。


「なにしに来たの」


ドアを開けて、室内から漏れる冷風を心地良く受け止めていたのに、
風紀委員長様は歓迎の色など微塵も見せずに僕を睨んでいた。
遠くからは炎天下の中、練習に励む運動部員たちの掛け声が聞こえてくる。
ちなみに、雲雀君の大概の言葉は「なんでも良いけどとりあえず帰れ」と訳した方が正しい事に最近気付いた。


「涼みに来たんですよ、雲雀君。…先客が居ましたけど」

「おぅ骸、久しぶりだな!」


雲雀君の正面、ソファに座っている了平が拳を上げて良く通る声で言った。
悪いけどせっかく涼みに来たのに最強に暑苦しい人間と居合わせてしまってそれこそちょっと帰りたい。
熱烈に挨拶する彼の隣は体感温度プラス2度くらいだけど仕方無く座る。


「了平、感心しませんね。部員たちには自主練をさせて、自分はのんびりおしゃべりですか?」

「違うぞ、今度他校と練習試合を組もうと思っているのだが、こう見えて雲雀は交渉の達人なのでな! だから頼みにきたのだ」


それを言うなら交渉ではなく脅迫では、と言い掛けて止めた。
そしてその脅迫の達人は、自分が戦えない事には心底興味が湧かないらしく、構わず日誌になにやら書いている。
いつも思うんだけど毎日飽きもせずなに書いてんだろうあれ。


「あなたが雲雀君への交渉に失敗してるじゃないですか」

「なに、心配は要らん! まだ説得は始まったばかりだ!」

「…かれこれもう40分も経つけど」


雲雀君はちらりと時計を見やる。すると了平は立ち上がって拳を握り締めて、なにやらボクシングの歴史を語り始める。暑苦しい。
一言も聞くつもりの無いらしい雲雀君は今度は僕を睨んだ。
了平へ向けていたままの面倒臭そうな視線で、ついでのように咎められる。


「君もなにさり気なく居座ってんの」

「いやだって雲雀君、今日外出ました? 真夏日ですよ」

「そうだね」

「うむ、熱中症には注意せんとな!」


歴史語りに効果が無いと判断したのか、了平が話に入ってくる。そうだね、そうでしょう、雲雀君と僕の相槌が重なる。


「だから倒れる前に回復に来たんです。雲雀君だって自分の縄張りの中で勝手に倒れられちゃあ面倒でしょう?」

「どっちにしても面倒だから、どっか余所で勝手に野垂れ死んでくれる?」


雲雀君は持っていたペンをくるりと回す。
了平は雲雀君の対応を快活に笑い飛ばす。
僕は今更動じるはずも無く足を組み直す。

と、了平が思い出したように声を上げた。


「そうだ雲雀! 今年こそプール掃除を賭けたあみだくじに風紀委員も参加してもらうぞ!」

「嫌だ」

「なんだと!?」


またしても了平が立ち上がる。体感温度はプラス4度だ。


「はぁ、風紀委員の特権って奴ですか」

「骸からもなんとか言ってくれ! 毎年奴らだけあみだくじ免除なのだ、不公平だろう!!」

「なんとでも言えば。他校生の意見なんて採用しないからね」

「俺は並中生だッ!!」


ぎゃあぎゃあと大声で怒鳴るものだからいよいよプラス7度、猛暑日だ。
そうか、もうプール開きか、と一年前の夏をぼんやり思い出す。
深夜に犬と千種と学校のプールに忍び込んだなぁとか、
心配だったのかこっそりついてきていたクロームは結局顔を出してくれなかったなぁとか、
そんな他愛も無い夏がもう目前にやってきている。
季節の巡りとは面白いもので、こちらが気付かないうちにするりと入れ替わっている。
少し前までは肌寒かった夜も今ではタオルケットを蹴飛ばしたくなるくらいだし、
街中ではためく洗濯物からも長袖が消える。
朝の小鳥のさえずりに、いつからか蝉が不協和音で参加している(ところで彼ら、道端で死んでると思ってたのがいきなり動き出すのはなかなか心臓に悪いので止めて欲しい)。
しまった、部屋にチョコレートも置いておけなくなる。きちんと冷蔵庫にしまっておかないと溶けてしまってちっともおいしくない。
犬はそろそろアイスの買い食いを始めるだろう。行儀が良くないので注意しておかねば。
そうだ、扇風機も出さなきゃな。
やる事ばかりだ。

茹だるような暑さ。猛暑日。日本の夏。


「…なんだか、平和ですね」


拳とトンファーを構えて威嚇し合っているふたりを眺めながら、なんだか笑ってしまった。




 3 年 生   i n   サ マ ー         









120726.



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