すうすうと静かに寝息を立てているこの子が、
数時間前、溢れんばかりの殺気を振り撒き笑顔で凶器を振り回していた雲雀恭弥と同一人物とはどうも信じ難い。
あまりに無防備な寝顔に思わず苦笑してしまう。

屋上での、修行と言う名の殺し合いを終えて彼を自宅まで送り届ける、車の中。
暴れるだけ暴れて満足したのか、彼の自宅近くのいつもの道路脇に停車して助手席をふと見たら、
黒い髪の隙間から覗く横顔はすっかり眠ってしまっていた。


「恭弥」

「…うん」


呼び掛けたら返事をしたので、なんだ意識はあるのかと、何故か残念な気持ちになる。


「恭弥、着いたぞ」

「うん」

「恭弥。聞いてる?」

「うん」


おや、と思う。
起きて車を降りるどころか、
未だ首はかくりと曲がったままで、長い黒い睫毛も伏せっている。
意識があるわけではなく、ただ呼び掛けに反応してるだけのようだ。


「恭弥、着いたぞって」

「うん」

「帰らねぇの?」

「うん」

「帰りたくないとか」

「うん」

「なら、ホテルに連れ帰っちゃうぜ?」

「うん」

「…俺、割りとまじだけど」

「うん」


相変わらずすうすうと腹式呼吸が聞こえる。
どうやら完全に夢の中らしい。


「良いのか? ベッドひとつしか無ぇから俺と一緒だぞ?」

「うん」

「一緒に寝る?」

「うん」

「恭弥、」

「うん」

「…俺の事好き?」

「うん」


寝惚けた子供相手になにを馬鹿げた事をしてるんだろう。
イエスが返ってくると踏んで聞いた、
それで実際にイエスが返ってきて鼻の奥がつんとした。
なんとも言えない嬉しさがこみ上げてきて、
でもそれが一通り全身を駆け巡ると、
今度は切なさと虚しさが色濃く自分を包んだ。
生徒を好きになってしまうだなんて、先生失格である。
自分の元教師がこの事を知ったら殴るだろうか、笑うだろうか。
彼との恐ろしい稽古の日々を思い出して怖じ気付かないでもないが、
でも今だけ、片恋に悩むただのひとりの男にならせて欲しい。

好きな子の隣で、秒針の微かな音と寝息とを拾う。
叶えられない恋ならばいっそ、秒針なんて壊して時が止まってしまえば良い。
それすらも叶わないなら、せめて、この子が目を覚ますまで。

頬を撫でても起きる気配の無い彼に、
ごめん、と呟いて、唇を奪った。
彼はただ、うん、と答えた。




(キスの瞬間、僕が薄く目を開けた事、あなたは気付かなかった)





 恋 心 と 確 信 犯         









120427-.



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