< ! > 未来編終わってちょっとしてからのふたり。 軽蔑される事は承知の上で、俺はリビングルームのソファでひっそりと意を決した。 「なぁ恭弥。相談があんだけど」 ノ ー ノ ッ ト ジ ェ ラ シ ー 隣のダイニングに居た恭弥はぼんやりと報告書から顔を上げた。 彼が分子レベルで眠っていたあいだに起こった事を、彼の腹心が丁寧にまとめた物だ。 過去から来たボンゴレ10代目達が元居た時代に戻り、 現在の彼らが白い装置から出てきて数日が経っていた。 人体を分子にばらしてそれをまた再構築するだなんて、 そんな事が可能なのかと俄には信じ難いが、 現に目の前の恋人はその壮絶な行程を経て、戻ってきた。 体調にも特別問題は無いらしい、 眠そうなのはいつもの事だ。 その眠そうな目をぱちりと叩いて、恭弥は頬杖を付いた。 どうせ下らない事だろう、とでも言いたげだ。 「…聞くだけ聞いてあげるよ」 「恭弥、子ども欲しくないか」 恭弥はぴくりとも無表情を崩さず、そして何事も無かったかのように再び小さな文字に視線を戻した。 俺が召集した勇気の兵達は相手にもされてないのに見る見る隊列を崩す。 だが、なにせこの10年間相手にし続けた思い人だ、 この程度でめげるやわな兵隊ではない。 「恭弥、俺はまじだぞ。俺は、恭弥そっくりな可愛い子供が欲しい」 「じゃあ保健体育の教科書を貸してあげるよ。常識が書いてあるから」 「そうだけど、そうなんだけど」 諦め悪く駄々をこねる俺に恭弥は面倒臭そうな視線を寄越した。 「ボンゴレとうちで協力したら不可能じゃ無ぇと思う」 「そんなあなた個人の願望でボンゴレが動くと思ってるの」 「個人じゃねぇ、他でも無いボンゴレ雲の守護者の願いでもある」 「なに勝手に決めてるの」 「それに今回の戦いでミルフィオーレの技術部だって仲間に付いたんだ、人間をタイムトラベルさせるくらいなんだから遺伝子工学なんて余裕だろ」 「だから、話聞いてないだろ。ボンゴレもミルフィオーレもあなたの願い事を叶える慈善事業じゃない」 「そうだけどさ、」 「なに、わがままな人だね」 紙面と俺とを交互に眺める。 声にまで面倒臭そうな色が混じってきていた。 脳裏では、10年前の彼が駆け回っている。 「そうなんだけど、10年前の恭弥が、可愛過ぎてさぁ…」 数日前、現在の恭弥と入れ替わりに消えた、 子どもの姿をした恭弥に思いを馳せる。 確かに目の前の恋人は可愛い。 この世のものとは思えない程美しいし、 加えて中学生では到底持ち得ない殺人的な色気を持ち合わせている。 ひとたび夜になれば奔放に俺を求めてきて、 それはこの10年間で彼の最も変わった部分のひとつだろう。 なんの不満も不自由も無い。自慢の恋人だ。 しかし15の時の彼の可愛さといえばもう、犯罪級なのだ。 今でさえ可愛い恭弥が子どもなのだ。可愛くないはずが無い。 自分も10年分若かった当時ではわからなかった、言行の幼さがより顕著に感じられて、 惜しみ無く振りまかれるその愛らしさに、脳はだいぶやられていた。 体温の高い甘い肌を思い出す、 するととうとう眠たそうだった瞳が怪訝に歪んだ。 「…あなたまさか、昔の僕に手出してないだろうね」 報告書を机の上に放ると、恭弥はダイニングチェアから立ち上がり、 リビングの俺の方へと歩み寄ってきた。 目が怖い。直視出来ないのは、後ろめたさがあるからか。 「はは、まさか」 「あなたは嘘吐く時、目を反らす」 「キ…スは、した」 言い逃れは不可能だろうから大人しく白状する。 恭弥が隣に座る。黒い水晶みたいな目がまっすぐに俺を射る。 最愛の人がこんなにも近くに居ると言うのに酷く居心地が悪い。 脳裏では10年前の姿の彼が駆け回っている。 「キスだけ?」 「キスだけ、あとちょっと、ハグしたり、でもそんな、キス以上はしてない」 「当たり前だろ」 「ですよね」 「キスは?」 「え?」 「どんなキス、」 「それは、ですね」 「フレンチキス、したの」 「し、た時もありましたね」 「17も年下の相手に、なにしてるの」 「ですよね」 「敬語むかつくんだけど」 「ぉ…すまん…」 髪やら頬やらを容赦無く引っ張られる。 地味ながらも強烈な痛みに涙目になりながら恭弥を伺い見たら、 恭弥は不機嫌そうと言うよりも呆れた顔をしていた。 「あなた、ほんとに僕が好きなんだね」 出来たらそういう可愛らしいせりふは、髪の毛を引き千切ってない時に言って欲しい。 怒っているわけではないはずなのに、 そうとは思えないぐらい右手につままれた頬が焼けるように痛い。 手加減なんて言葉は知らないんだろう、 ちょっとその辺りの教育を怠った自分を呪った。 「別に、嫉妬なんてしてないよ。自分相手に嫉妬するなんてばかな真似は僕はしない」 恭弥がさらりと言う。 その割りには頬が痛いので、いや嘘だろ、と内心疑っていると、 ようやくその細い指が力を緩めた。 「僕が居ないあいだも、昔のとはいえ僕を愛していてくれたんでしょ」 「恭弥、」 「あなたはディーノなんだから。雲雀恭弥が好きなのは当たり前だ」 「…うん、」 「ただ20近くも年の離れた子どもに欲情してたら、さすがに変態だなって思っただけ」 恭弥が表情を和らげた。 瞳と唇に仄かに笑みが浮かぶ。 ほら見ろ殺人的だ。 「ばか、15の恭弥は、なんていうか、それこそ子どもに対する様な愛情だよ。欲情すんのは、お前だけだっての、」 堪らず抱き締めた身体は、数日前より幾分大きい、 それでも細くて折れんじゃないかって俺はいつも心配だ。 恭弥は擽ったそうに目を細めて、だから俺はなんの抵抗も無く甘い唇を味わえた。 「ねぇ、あなた」 「その呼び方、やらしいな」 「ちゃんと大人用のキスしてよね」 「キス以上までする気で居たんだけど」 「当たり前だろ、久しぶりに満足させてよ」 言葉の変わりに舌を互いの口内で応酬し合う。 湿音が室温を急速に上げていく中で、 恭弥が瞼を震わせて薄く目を開ける。 「、でもね」 「ん?」 「その気になれば子どもくらい産めない事無いけどね、」 「産めんのかよ」 「産まないよ」 「産まねぇのかよ」 「10年前の自分だから嫉妬しないで済んだんだよ」 恭弥の手が下肢に延びる。 どうしようもなく部屋着をせり上げる欲望をその細い指で撫で上げられて、 くらくらする脳をなんとか理性で繋ぎ止める。 「いくら自分の子どもでも、僕以外にあなたの意識が向くなんて許さない」 指が下着の内側に入り込む。 いつの間にこんなやらしい事を平気でするような子になったのか、 でもそれは全部、他ならぬ自分が、この10年間で教えた事だ。 上目遣いに見つめられると今度はもう目が反らせない。 可愛い恋人の、しかしこれは飛び切りに可愛い表情だ。 間違いなく世界で1番、10年前の彼よりも、何よりいっとう可愛いと断言出来る。 殺人的で犯罪級で悩殺物、 そんな目で見つめられたら堪ったものではない。 薄紅色に染まった恭弥が微笑んで、顔を寄せてきた。 「嫉妬しちゃうよ、ディーノ」 言外に押し倒してくれと言われて、理性の糸は呆気なく切れる。 だから互いの望み通り、黒いソファに沈めてやった。 (心狭いな、お前。 あなたにだけは言われたくないな。 ですよね。) 130419. back |