朝の一時



エルスティアの日の出は遅い。青ずんだ空の向こうから、紅い光が荘厳な王城を照す。青と赤のグラデーションに空が染まる。新しい朝、その清々しさに、フランシェスカは読んでいた本の頁を捲る手を休めて、しばらくその光景に見いった。

「お嬢さま、もう起きてらっしゃったのですね」

「クラリッサ、おはようございます」

対して侍女のクラリッサの朝は早い。日の昇る前からフランシェスカの身の回りの世話をする。既に上等な─とは言え侍女にしては、だが─モスリンのドレスを身に纏い、きちんと髪を後ろに結っていた。

「今日の朝食はどうされますか」

「そうですね…クラリッサが食べたいときに」

「わかりましたけれど、お嬢さま。侍女と朝食を食べるなんて、非常識ですわ」

フランシェスカはくすりと笑い

「ふふ、いいんです。あなたと二人で食べるのが好きだから」

わたしは変わり者ですもの、と付け加えた。

「そうかしら」

「そうなんです」

今度は二人して笑い合い、クラリッサは「お嬢さま、紅茶をお淹れますね」と呟いた。フランシェスカはお願いします、とだけ言い、伸びをして寝台から起き上がった。

「どうぞ」

「ありがとう。…おいしいですね。あなたの淹れる紅茶は美味しいわ。わたしもあなたのように淹れられたらいいのだけれど」

「お嬢さまもお上手ですよ」

「ふふ、ありがとうございます」

フランシェスカはしばらく朝のアールグレイを楽しんでいた。

「今日のお召し物は、昨日お仕立てしたコットンシルクのドレスですわ」

「あらあら。あまり贅沢はしたくありませんよ」

「たまには、ね」

クラリッサはフランシェスカの後ろに回り、彼女の襟元から胸にかけて上品なレースのあしらわれたシルクのナイトドレスのボタンをぱちん、ぱちをと外し、服を脱がせ、ふんだんにレースのあしらわれたコルセットでぎゅっとフランシェスカの腰を締めた。

「きついわ」

「少しの我慢ですよ」

締め終わるとパンとコルセットをはたきフランシェスカに慣れた手つきでビスチェと重いペチコートを着せていく。そしてその上にシュミーズを着せた。シュミーズ袖には控えめなレースがあしらわれていた。

今日のドレスは袖の大きく膨らんだコットンシルクのドレスだった。

「良い趣味ですねクラリッサ」

「それほどでもありませんわ」

クラリッサは少し得意気にそう言った。

「髪は結いましょうか」

「いいえ、このままで構いません」

「わかりましたわ」

クラリッサは櫁蝋をつけたブラシで丁寧にフランシェスカの髪をブラッシングする。いつものフランシェスカが出来上がった。

「お綺麗ですよ」

「もう、クラリッサはまたそんな意地悪を言って」

「ふふ、本当のことですもの」

そこでチリリの部屋のベルがなって、ハウスメイドが二人ぶんの朝食を運んできた。

「お済みになりましたらお呼びください」

「ええ、ありがとうございます」

朝食はじゃがいものスープ、ブロードヒェン─固い小さなパン─とチーズ、とフルーツと質素なものだった。

「さあ、いただきましょう。あなたも座って」

「はい、お嬢さまの仰せのままに」

フランシェスカはくすくすと笑いもう、クラリッサたら、と呟いた。

「お嬢さまと二人で食べるのって、変な感じですね」

「わたしはあなたと朝食を共に出来て幸せです」

「フランシェスカさま」

「なんですか?」

「誰がなんと言おうと、私はあなたを尊敬していますよ」

「わたしもよ、クラリッサ」

二人はまた笑い合いあった。

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