子守唄



月夜のことだった。雪の照り返しで、辺り一面ぼうっと青い光で包まれていた。

アルバトロスが自分の寝室─セイネルから借りた部屋だが─でうとうと本を読んでいると、とんとんの控えめにドアがノックされ小声で「入っていいか」と問うのが聞こえた。

「どうぞ、おいで」

ガチャリとドアが開く。コットンシルクの素材に控え目なレースのついた寝巻姿のアーデルハイトだった。

「アルバトロス」

アーデルハイトが悲しそうな声で呟くので、アルバトロスはできるだけ優しく

「なんだい」

と小さな声でいった。

「…夜が怖いんだ。このままずっと目が覚めないんじゃないかって。明日になったら幸せなこととか、この気持ちが、全部消えてしまうんじゃないかって。そう思うと、眠れない。いつも、そうなんだ」

アルバトロスは少し、考えるような顔をして、こっちにおいで、と呟いた。アーデルハイトはアルバトロスに施されて、アルバトロスのベッドの脇にとん、と座った。

「歌でも歌おうか」

「歌? 夜なのに?」

「そうだよ、子守唄」

「ばか」

照れて悪態をつくアーデルハイトにアルバトロスは小さく笑って、低く、小さな歌声で歌った。


──俺の歩みは森じゅうに響き 青き木立はざわめきわたる
  精霊ミエロタール 森の女主人よ
  精霊メツサンピーカ 森の召し使いよ
  森を静めよ 野性の牙をやわらげよ
  青き未開の森をおだやかにさせよ
  俺が狩りに行くのだから 俺が深い森に入るのだから
  トウヒの木に美しい花をつけさせよ 松の木に銀の花を咲かせよ
  森の王の倉を明けよ
  俺が狩場についたとき
  俺が未開の森についたとき


アーデルハイトは驚いた顔をして小さな拍手をした。

「すごい。上手い」

アルバトロスは照れて俯いて、夜に歌う歌じゃなかったかなと、しどろもどろに答えた。

「なんの歌?」

「北方の古い詞に、私が歌をつけたんだよ。狩人が森の王、熊のことだけれど、その命をもらうとき、歌う歌」

「命を…もらう」

「そうだよ。人に限らず、生き物は何かの命をもらわないと生きていけない。誰かの死が誰かの生きる糧となるんだ。だから命は廻るんだよ」

「それは」

ここでアーデルハイトは一旦言葉を区切った。

「それは私も?」

「そう、君も。そして私も。だから怖がることはない。明日はまた、だれかの命をもらって生きる。それはとても残酷で、幸せなことだろう」

アルバトロスは咳ばらいをして、なんだか説教臭くなったと呟いた。

「ありがとう。なんだか、少しだけれど、気持ちが楽になった」

「…よかった。今日はここでお眠り。私は安楽椅子で眠るから」

「いいの?」

「いいよ。安心してお休み」

アーデルハイトはアルバトロスの布団に潜り込んで頭から布団をかぶり小さく「ありがとう」と言った。「今日はありがとう」

アルバトロスはそれを聞いて、また、少し笑い「お休みアハト」と呟いた。

少しして、アーデルハイトの寝息が聞こえる頃、アルバトロスは本を閉じ、蝋燭の火を、ふっと消した。


辺りに静寂が訪れた。




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