まだ、あったかい
空が青と橙のグラデーションに染まっていた。体の芯まで凍えるような渇いた風が吹くから、人々はわずかな熱を逃さないように、寄り添い歩く。
冬が始まろうとしていた。
アーデルハイトはエーゼンホルムの青の森─リンディバーグが所有する土地だが─の開けた場所にある湖のほとりにぽつんと立っていた。質素なモスリンのドレスの上にレースの白いストールを羽織った姿がやけに寒々しかった。アーデルハイトは長い間湖を眺めていた。
「…やあ」
突如として静寂を破った声にアーデルハイトはびくっと体を震わせた。相手は見なくとも声で分かる。…アルバトロスだ。アーデルハイトはストールをかけ直しながら振り返った。
「おどろいた、いつからそこにいたの」
「大分前から。君が悲しそうにしているから、なかなか声を掛けられなかった」
「そうかな」
「そうだよ」
「そうかもね」
アーデルハイトは遠くを見るような目をした。
「小さい頃ここでセイネルと魚つりをよくしていたんだ。私たちはなにもしゃべらなかったけれど、なにも怖くなかった。お互いに信じ合っていたからね」
アーデルハイトはここで一呼吸おいて
「今でもそうかはわからないけれど…」
と譫言のように呟いた。
アルバトロスは横目でアーデルハイトをちらりと見て、「淋しいんだ、きっと」と呟いた。
「そう…そうかもしれない。いつも淋しい。いつも…いつも満たされないのかもしれない、私は」
「私がここにいても?」
「それは…」
ここで考えて
「まだ、わからない」
と、アーデルハイトは少し笑った。つられてアルバトロスも少し笑った。
アルバトロスは手を差し出して
「おいで、家に帰ろう。ハンスが待ってる」
アーデルハイトはアルバトロスに手を伸ばして、あとちょっとの所で手をとめ、やがて考え直したように戸惑いがちにアルバトロスの手を掴んだ。
「…うん」
大きな手の平は温かく、アーデルハイトはアルバトロスの手を強く握り歩きだした。
もうすぐ、家の明かりが見える。もう寒くなかった。
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