■花に蝶(アレティエ)
本編二期開始後、ニールについて落ち込む2人のシリアス。ティエリアの性別は男です。ニールが出張っていますが、ニールに対する恋愛感情はありません。


Sample(冒頭部分)

 朝、ドアを開けるとむすっとした表情の恋人がいた。
「花を見に行かないか」
いつもは素っ気ないティエリアの提案に、アレルヤはぱちぱちと目を瞬かせた。花という言葉と目の前の麗人の姿がどうにもそぐわない。ティエリアが風流を解さないというわけではない。ただ、宇宙育ちでどこか無機的な雰囲気のある彼から「花」という言葉が出てくるとは予想していなかったのだ。
「どうしたんだい、突然」
何気なしに訊ねた言葉に機嫌を損ねたらしい。眼鏡の奥で僅かに細められた目がアレルヤを射抜く。
「僕が君を花見に誘うのがどこか奇妙だというのか」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
つい、と一歩足を踏み出したティエリアの気迫に押され、アレルヤは部屋の中に戻った。追うように入ってきたティエリアがベッドに歩み寄り、足を組んで座る。固いベッドが緩く撓って音を立てた。あたふたしながら立ち尽くす。腕組をしたティエリアに上目遣いに睨まれてたじろいだ。不機嫌なティエリアをあしらうのは苦手だ。目を合わせるのは気まずく、視線を宙に彷徨わせる。
「言いたいことがあるならばはっきり言え、アレルヤ・ハプティズム」
「えーと……」
しどろもどろになりながら、驚いてしまった言い訳を考える。彼がこれくらいのことでここまで怒ると思っていなかった。いつも不機嫌そうではあるが、こんな些細なことで苛立つティエリアではないはずだ。
「今、花の季節じゃないでしょ?」
ふと頭に浮かべたのは生まれ故郷の現在の季節。故郷というのは不思議なものだ。ごく小さい頃に少し目にしただけで記憶にも大して残っていないというのに容易く風景を思い浮かべることが出来た。あらかじめ遺伝子にでもインプットされているのだろうか。
「花の季節、とはどういうことだ」
ティエリアの細い指先が苛立たしげに細かく動いて肘を叩く。
「花、というのは何を指している? 一種類たりとも花が咲いていない時期はないはずだ。それとも君は、観賞に足りないものは花ではない、とでも言うつもりか」
「そ、そんなわけじゃ」
ますます苛立ちを募らせたティエリアの、アレルヤを詰る言葉は止まらない。
「大体、季節というのはどこの季節について言っているつもりだ。地球ならば北半球と南半球で季節は逆転する。宇宙ならばますます季節は無意味だ。統制された環境の中ではあらゆる季節を作り出すことができ……」
「ちょっと待って」
アレルヤはティエリアの両肩に手を乗せ、どこまでも続きそうな説教を遮った。口上を切られたティエリアは目尻をつり上げる。
「君は酷い差別主義者だな。失礼する」
「えぇっ」
ティエリアはアレルヤの手を払い落として立ち上がった。目の前にぼけっと立っていたら、胸をぐいと押されて除けられた。障害物であるかのような扱いは今更のことだ。けれど、このままでは珍しく部屋を訪ねてくれたティエリアが出て行ってしまう。アレルヤは咄嗟にティエリアの細い背中に抱きついていた。アレルヤの体重にティエリアがバランスを崩した。転ぶ寸前で何とか踏みとどまる。
「――何をする」
絶対零度の視線とアレルヤの視線が交わる。確かにいつも無愛想ではあるがこれ程酷くはない。何かがおかしい。
「逃げられたくないからね」
「誰のせいだ」
「僕が何をしたって言うの」
一旦身体を離し、ティエリアの薄い身体を無理矢理裏返す。抗う素振りを見せたが、本気になったアレルヤの力に敵うわけもない。真正面から相対する。少し下にティエリアの頭があり、仄かなシャンプーの香りがふわりと鼻をくすぐる。俯いているティエリアの旋毛が見えた。
「何かあった?」
責めに聞こえないように柔らかい口調で訊ねる。四年間ソレスタルビーイングを支えてきたのはティエリアだし、随分成長したようだ。四年ぶりに会ったにもかかわらず外見は全く変わっていなかったが、中身は確実に変化していた。しかししっかりしているように見えて、まだまだ、弱い。しゃんと背筋を伸ばして立ってはいるが、何かあればすぐに容易く折れてしまうだろう。
 しばらく待ってもティエリアは答えない。


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