in the rain drop


ベルナルド+ルキーノ。冬コミペーパーでした。
時間軸的はベルナルドルート、in the rainのあたりですが、ベルナルドとジャンは恋愛関係にありません。年上組も恋愛までいってません。




 ざあざあと雨が降っている。
 季節外れの嵐だ。晩秋のデイバンには珍しい。
 ベルナルドがGDの裏切り者をあぶり出し、和平にこぎつけてから一週間が経っていた。平和とまでは呼べないが、抗争以前の状態に近付いた週末、金曜日。ようやく一息ついて、ルキーノの仕切りでの飲みの日だった。
「てめぇの仕切りってことは、期待していいんだよなぁ?」
「カラスは黒いのか? 当たり前だ。今日は無礼講だぜ」
 ルキーノが言えば、この一週間、帳簿仕事やら何やらで鬱憤が溜まっていたらしいイヴァンもうきうきと浮付いた表情だ。四人でエレベーターに乗り込んだ。そう、四人。ベルナルドがいない。
「あれ? ベルナルドは?」
 四人で乗るには狭いエレベーターで、それでもどうも空いている感じがする。一人分、スペースが空いているせいかもしれない。こてん、とジャンが首を傾げた。
「さぁ……俺は、見ていませんが」
 人の行動を見ることに関しては鋭いジュリオが見ていないということは、誰も見ていない。さっきまでホテルで見ていた気がしたが、どこかに行ったのか。
「良いんじゃねーの、別に。店知ってんなら後から来るだろ」
 イヴァンは鼻先にぶら下げられた餌に気を取られていて、ベルナルドのことはどうでも良いらしい。ジュリオは言うまでもない。ジャンは気にしているようだったが、ルキーノはジャンの肩をぽんと叩いた。
「大丈夫だろ、今なら一人で外を歩いてたって殺されることはない」
「不吉なこと言うなよ」
 一人ひとりを気にしていないようで気にしていて、それぞれに欠けているものをそれとなく埋める。だから、ジャンがカポなのだ。
「後で俺が見に行くさ、カポに手間はかけさせん」
「グラッツェ」
 こそこそとやり取りをしながら、車に乗り込んだ。



 『白雪姫』。ルキーノの仕切りの店だ。最高の酒、肴、女を用意させていた。
「ティンティン!」
 ルキーノ、イヴァン、ジュリオ、ジャン。四人と、部下たちと、盛大に乾杯をして、グラスを空にする。イヴァンは最初からアクセルを踏み込んで飛ばしていて、ジャンに絡んでいた。ジュリオはいつも通りジャンに見惚れていて、人が多い中では珍しく笑顔を浮かべている。
だがベルナルドが欠けている。ベルナルドとボス・アレッサンドロが不在だったときとは違い、ベルナルドに対する不信感があるわけではない。だが、落ち着かなかった。ようやく落ち着いて、CR:5が集まって飲める初めての機会だというのに、幹部筆頭がいなければ締まらない。
数杯飲んで丁度良く盛り上がってきたところで、場をカンパネッラとジャンに任せる。ルキーノは立ち上がると喧騒に紛れて扉に向かった。ジャンが視線だけで追い掛けてくる。開いた扉を閉めるとき、視線を合わせて片目を瞑ってやった。


 外は酷い雨で、ルキーノはひとり、車を飛ばした。フロントガラスに大きな雨粒が当たって弾ける。いつもは煩いくらいのネオンサインも街灯も、視界を遮る程の雨のせいで燻っている。
 金曜日の夜だ。一ヶ所だけ思いあたる場所がある。赤い薔薇を買って金曜の夜に出掛けて行くベルナルドを見たことがある。金曜日の夜に薔薇を持ってイタリア男が出掛ける場所など一ヶ所しかない。ナスターシャ、というのだろうか。ベルナルドの女を見たことはなかった。だが、先程のテープに出てきた女の名前で、多分当たりだ。ベルナルドは女を何人も同時に侍らせるほど器用じゃない。長く薔薇を捧げていた相手は一人しかいないはずだ。
 だとすれば。
 衆人の前で晒された下品なテープの中身に入っていた女の名前は、間違いなくベルナルドの女だ。長年付き合った女を利用して、他の男に抱かれるように仕向けて、餌にした。ベルナルドがそれで平気な顔をしているような男だったら、CR:5の幹部にはなっていない。
 ルキーノはベルナルドのいきつけのバーに向かった。店から少し離れた通りに車を止める。エンジンを止めて、外に出た。開いた傘にぶつかる雨の音が耳障りだ。鍵を掛けて唯一の心当たり、キィサイドへ向かった。
 二つ目の角を曲がる。細い道の奥の方、うっすらと光が漏れている店の前。ベルナルドが、立っていた。ルキーノは、しばらくそこに立ったままでいた。ベルナルドはルキーノに気付いていない。左手には大輪の赤い薔薇の花束。握り締めて、俯きがちに佇んでいる。顔を上げたり、また俯いたり、花束を握り締めたり、落しそうになったり。ろくに変化のないベルナルドの様子を遠くから眺めながら、傘を殴るような雨の音だけを聞いていた。激しい雨は地面に落ちて跳ねて、コンプレートの裾を少しずつ濡らしていく。ピカピカに磨いた靴も台無しだ。
 ベルナルドは店に入るのか入らないのか。
数分経ってもその調子で、ルキーノはゆっくりとベルナルドの方へ歩き出した。静かに歩いていたつもりで、水たまりに突っ込んだ靴が盛大に水を跳ねさせていた。
「……会いに行くのか飲み会にくるのか、はっきりしろ」
 自分からは何も言わないつもりがうっかり音を立ててしまって、言葉を用意していなかった口からは事務的な連絡が出ただけだった。もっと言った方がいいことも、言わない方が良いことも、あるはずだった。
「――ルキーノ」
 ベルナルドは俯いたままルキーノの名前を呼んだきり、動こうとはしなかった。
「お前の女だ、とびきり上等なんだろうな」
「……そうだな」
 女は皆俺に惚れる。惚れられた経験も振った経験もあるが、振られたことはない。しかも、こんな酷いことはなかなか、ない。組のためにナスターシャを使って、あえて振られて、デイヴをハメて、自分を自分で傷付けた。
「こっぴどく振られたみたいじゃないか」
「……そうだな」
 ぴくり、と花束を持つベルナルドの小指が動いた。襟を掴んで殴られても仕方ないことを言ったはずだった。それなのに、ベルナルドはそれ以上何かを言おうとも、動こうともしなかった。怒るでも泣くでもない。
「俺が悪いんだ、振られたって仕方がない」
 誰が悪いかと考えて、答えが出るものでもない。女が悪くないことだけは確かだ。女を餌にしたベルナルド。女を物扱いして奪い取ったデイヴ。ベルナルドが女を使ってデイヴをハメなければCR:5が潰されていた。そういう意味では、ベルナルドはヒーローだ。お前は俺のヒーローだ、そう言ったところで、ベルナルドの心が休まるわけもない。
「風邪引くぞ、ベルナルド。ジャンもまだカポとして未熟なんだ、幹部筆頭が使いものにならなくなったらどうする」
「風邪でもひいて倒れて肺炎にでもなってコロンと死ぬのも良いのかもしれないな」
 ベルナルドは薔薇の花束を握り締めたまま自嘲した。
「ふざけるな」
 ベルナルドが怒りをあらわにしない分、ルキーノが叫んだ。
「おい」
 驚いて顔を上げたベルナルドと、ようやく目が合った。ベルナルドの眼鏡は雨に濡れていて、表情を読み取りにくい。ただ、ぽかんと間抜けみたいに口を開けているのはわかった。
「幹部が間抜け面晒して、雨水飲んでるんじゃねぇぞ」
 酒の席から拝借してきた、飲みかけのワインのコルクを抜いて瓶の口をベルナルドの開きっぱなしの口に押し付けた。
「ぐっ、げほ、か、は……ッ、なにす……」
「怒るか泣くか、しろよ」
 この筆頭幹部は、どれだけのものを抱えてきたのだろう、と思う。幹部第一位という位置付けで、色々なものを背負ってきた。ルキーノも勿論、責任を負ってシノギをやってきた。だが一位と二位の違い、最年長の重みは、ルキーノにはわからないものだ。裏切り者と罵られるのを覚悟で、GDとの交渉に臨んだ。実際、ルキーノもベルナルドを完全に信用していたわけではない。少しは、ベルナルドがGD側に寝返るのではないかと疑っている部分があった。イヴァンはその疑念をベルナルドに真っ向からぶつけたし、ジュリオも傷を負わされたことで過敏になった。それでもベルナルドは折れず、交渉を続けて、囚われて、拷問を受けて、それでもまだ折れず、ここまで、この平和まで持ってきた。それがベルナルドの意地で、実力で、覚悟だ。コーサ・ノストラとしての誇りを、ルキーノはもちろん持っている。誰よりも持っていると自負してきたが、ベルナルドも同じなのだろう。だから泣かない。叫ばない。
「高い酒無駄にしたんだ、風邪なんてひかせねぇぞ。店に入るか、帰るかだ」
「帰る……」
 ぽつり、ベルナルドが呟く。帰る場所、だ。CR:5のいる場所、ジャンのいる場所がルキーノの帰る場所だ。ベルナルドにとっても同じだと思いたい。いや、同じ場所だと断言できる。
「『白雪姫』は朝まで貸し切りだ」
 ベルナルドがぎゅぅと花束を握り締め、雨水を大量に吸った包装紙がぐしゃりとひしゃげた。未練たらしく、ベルナルドは花束を離そうとしない。
「花束が勿体ないっていうなら、俺がもらってやろうか」
「はは、こんなに大きなハニーは願い下げだ」
 自嘲ではなく、ベルナルドが笑った。
「胸はでかい方が良いだろう」
「お前のは大胸筋だろ?」
「当たり前だ、マンマのおっぱいが恋しいなら他をあたれ」
 からからと笑いながら、ベルナルドがぐっしょりと濡れた長い前髪を掻き上げた。
「そう、だな。帰るか」
「あぁ、帰ろう」
 ルキーノはベルナルドに歩み寄ってベルナルドの頭の上に傘を差し出した。一本しか傘を持って来なかった。一つの傘に二人で入る。ベルナルドもルキーノも、傘から肩がはみ出てしまう。もう一本持ってくればよかった。
「男と相合傘なんてね」
「だったら濡れ鼠のまま女に会ってこいよ」
 地雷かもしれない部分をあえて踏み抜く。それでもベルナルドは声を荒げなかった。
「アナにそんなことをしたら失礼だろう」
「だったら、その花束捨てちまえ」
「そうだな」
 言いながら、ベルナルドは花束を捨てようとはしない。妙に腹が立った。ワインボトルをベルナルドに押しつけ、傘を持っているのと反対の手でベルナルドの手首を掴んで引いた。
「早く行くぞ」
「お、っと、危ないだろ急に」
「もやしだからだろ」
 ひょろりとしたベルナルドの手を引いてずんずんと車の方へ歩く。冷たい雨がコンプレートにじんっとしみてきて、肌まで濡れてきてしまう気がする。
「早く乗れ」
 ベルナルドを狭い助手席に詰め込んで、ルキーノは運転席に乗り込んだ。タオルを放ってやる。
「これ、は」
 ベルナルドはようやく、手に持っていた花束を後部座席に投げ出した。代わりに、助手席の足元に見つけたそれに視線を落としている。雨に濡れていない、赤い薔薇の花束。
「生憎、振られた男の慰め方は知らないんでな」
 ベルナルドの方を見ずに、キーをさしてエンジンを生き返らせる。
「……グラッツェ。心配かけたな」
 ベルナルドが足元から花束を取り上げると乾いた音がした。濃厚な薔薇の香りが車内に広がる。
「そうやって、無理してる方が心配になる」
「お前は意外と世話を焼くのが好きだよな」
 気になるからだ、とは言わなかった。妻と子供の命を奪われている。その分、ベルナルドには幸せになって欲しい。他の幹部連中に女がいるという話を聞かない分、ベルナルドには何か、親近感のようなものを感じていた。そんな中で、これだった。
「だが、ルキーノ」
「なんだ」
 にやり。ベルナルドが悪い顔をして笑った。
「薔薇はお前の方が似合う」
 ベルナルドが花束から薔薇を一輪抜き取った。ハンドルを握って両手が塞がっていた隙に、髪に挿された。
「……女にでもしろよ、こういうことは」
「赤い髪に似合ってるぜ」
 馬鹿みたいなことをして、二人で笑った。車が雨を掻き分けて走る。ベルナルドは一通りタオルで身体を拭いてから、顔をタオルに埋めた。表情が一切見えなくなる。
「ありがとうな、ルキーノ」
「気にするな、バーニィ」
 鼻を啜る音が聞こえる。シャーリーンとアリーチェを失くした後のみっともないところも、ベルナルドには見られている。随分気にしてくれた。今度は自分の番だ。
 白雪姫まで、遠回りをして戻ることにした。




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