(しずいざ/ぬるーい性描写あり)








丸い色とりどりの錠剤には品番がないし、風邪薬のように滑らかで心地よい触り心地もない。蝶やスマイルなんかの典型的なロゴが入っている、保健の教科書が見せてくれたものだ。やはりクスリというより駄菓子に似ている。素直に全部白い状態で売り出せば、ヨーグレットと間違えるのではないだろうか?

ぐちゃぐちゃと遠慮もなく動く、口を閉じられないまま声をあげるしかなかった。声に色が付いて見える気がした、蝶々とか、そんな形になって宙に浮かぶ。よりによって自分の口から!「あ、」けれど口の閉じ方がわからない、から臨也は惑う。ここはどこだ?体だけが幸せな薔薇色の花畑に置いてけぼりで、臨也の心はどこかへ行ってしまった。そこは天国だ。クスリが輪郭を溶かす理想郷。鮮やかな花びらがくるくると目の前を横切る。臨也には臨也の体と、それに触れている男、平和島静雄との境界線がわからなくなってしまって、なんだか少しだけ泣きたい。静雄と繋がった場所だけが燃えるように熱いから、溶けてしまったのかもしれない。そんなわけないのに。俺とシズちゃんが溶けるわけがない。くるくるくる。「……あっ」ず、と押し込まれ、突かれる。臨也の細胞ひとつひとつが歓んでますます加熱し、まやかしの天国で花々がいっせいにその色を輝かせる。目が開けていられないから白目を向きたかった。ぐるりん、世界の反転。ちかちか暗闇の向こうに小さな点があって、それが段々大きくなってわかる、あれは光だ。迎えであり、導でもある、溢れそうに暖かな幸せが喉にせり上がると、臨也のどうにも取り繕えない声になって外の世界に飛び出した。静雄との間に辛うじて残っていた輪郭に当たって、ぴぁん、みたいな音をさせて、呆気なく弾けた。輪郭も一緒に崩れ、為す術もなく静雄のどろどろに呑まれる。やめて。縋りつくものが欲しい。求め方がわからない。指を動かした気がした。彼の美しい背中の皮膚が指先に触れている?気がする。変なの。いや、それが正しいのか。静雄と臨也は溶けない、一緒にならない、融合しない、それは正しい……。







セックスが終わると静雄は真っ先に煙草に火を点ける。臨也はそれが嫌で仕方がない。
「お前臭いな」
「はあ?」
「汗が臭いんだよ」
「……あっそ」
長く続いた高揚感を振り払おうと頭を振るとじっとりとした汗が髪や項を垂れて冷たい。鼻を鳴らして嗅いでみても、臨也自身自分の匂いに慣れきってしまっているので静雄の言う臭気の理由がわからない。どうせいつもの言い掛かりだ。そんなことに付き合っていられない。ハイの残り滓にしがみつく臨也は休息が必要だった。天国への旅はいつだって命がすり減らされて酷く消耗してしまうから、本当は臨也だってやめたいと、そう思っていた。思っている、今も、多分その筈だ。
「臭い」
静雄の息に合わせて煙草の火が明るく輝いたり、少し暗くなったりしていた。夕暮れ時で、そこらじゅうの人間が生活している音が無遠慮に静雄の部屋に入り込んでくる。そういえばここは静雄の部屋だったなと、今更のように思い出す。臨也は裸で、静雄の部屋の布団に生まれたままの姿を横たえていた。夕日が傾ぎながらも眩い明かりで臨也の肌を温める。ぬくぬくとした日溜まり。セックスとは違う穏やかなダウン。花畑は黄金の草原に変わる。あまりに優しいから、もしこれが永遠に続くなら、と思ってしまう。でも続くならなんだというのだろう?臨也にはその先が見えないでいる。じっと両目を凝らしてみても。
「黙ってよ……」
「俺の言ってること、わかってないくせにな」
臨也の頭上で静雄が何か、言っている。
臨也に語りかけている。
耳に入った瞬間言葉はばらばらの音になって散らばって、意味を成してくれない。


そもそも臨也がクスリなんてものに捕まったのは静雄のせいだった。正確に言えば、金の代わりにクスリを差し出して借金取りから逃げようとしたヤク中のせいだった。
「やめろ!死ね!離せ!死ね死ね死ね!」
「うるせえよ」
MDMA、それが臨也の呑み込んだクスリの名だ。正式名称はメチレンジオキシメタンフェタミン、幻覚作用と中枢神経興奮作用を併せ持ち、ダンスの場では未だに根強い人気を誇る錠剤型合成麻薬だ。ラブドラッグとして用いられることもあるが、少なくとも埃っぽいアスファルトの上で自棄を起こしたように飲むような代物ではない。けれど臨也の体は日の光に温められたコンクリートの上に抑えつけられ、逃げたくとも逃げられなかった。辺りには中身が撒き散らされた青色のゴミ箱と、ゴミ箱の蓋と、それからまたゴミ箱と、お馴染みの標識が点々と落ちていて、その先に臨也と静雄の体が二つ重なっていた。その口の中は押し込められたクスリでいっぱいで、飲み込むまで許さないと口と鼻を塞がれ……ごくん。「やめてシズちゃん!」懸命にもがく無力な生き物の金切リ声。それは臨也の喉から出ているから不思議に思う。塞がれていたから声なんて出なかった筈なのに。今も臨也の頭の中で、くぐもった悲鳴が木霊のように切れ切れに響いていた。やめてシズちゃん!やめて!やめて!やめて……やめて……。「うあっ……はぁ、あ、あ」追憶が粉々に砕け散った。静雄がまた臨也の中に入りこんで、ピストン運動を始めた。「あっ……ん、んっ…しずちゃ…しずちゃん」一度遠ざかった天国がまた戻ってきた。きらきらと輝く花びら。幻が目に痛い。静雄の性器が中を擦る快感が鋭すぎて、臨也を刺して辛い。「きもちい……しうちゃん」やめろ!臨也の両目から涙が零れ、静雄がその赤い虹彩を煙草の強い味のする舌でぺろりと舐めた。煙臭い、異物を強く意識して臨也はやっと、自分のクスリの臭いを嗅ぎ取った。ただ、静雄を見つめた。瞬きもしない彼の目玉に映った自分は、潤んだ瞳ではあはあと息を荒げて涙を流している。セックスやクスリのような、自制の効かない暴力で振り回すのをやめてほしいと、静雄に訴えている。
だからまだ大丈夫。
まだ、引き返したいと、そう思えるうちは。
けれどそう思えなくなったら、セックスからもクスリからも逃れられない、ジャンキーになってしまったら……。
目を瞑る。
内壁に生暖かいものが吹きかけられた感触につられて臨也もいった。MDMAが鋭敏にさせた臨也の感覚が静雄に取り込まれて一つになっていく。それが怖かった。夢から醒ましてほしかった。ナイフを手探りで探して見つからないから、仕方なく目の前にあった静雄の喉笛に力一杯噛みついた。頭を殴られる。現実が戻る。暴力こそ、二人の現実だ。臨也が静雄に何を願っても、ほら、結局こうやって、拒まれるのだと教えて……。
「シズちゃん…やめてよ……」
頬の内側が切れた、舌に広がる血の味で天国はまやかしなのだと何度も思い出して、思い出せたことに安堵した。
臨也は、目を閉じたまま泣いている。
「やめて…」
そのとき、泥の中で足掻く、悪賢くも貧弱な生き物が静雄を拒絶していた。弱くて強くあろうとしすぎて切なくなる、そんな生き物の涙を舐めとった男は眉をしかめた、クスリの臭いがする。
まやかしだ。




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