「大きな書庫!」
わー、わー、と興奮気味に目を輝かせて全て本棚で埋め尽くされた広い部屋を見て、はしゃぐ姿に秋穂はくすくすと笑う。
「さくらさんたちとおんなじ反応ですね」
「さくらちゃんたちもきたんだ」
「はい。その時も同じように目をキラキラとさせて」
「あ」
「どうされました?」
「あの本」
「気に入った本がありましたら海渡さんに言って取ってもらいましょう」
「あ平気!自分でとれるよ!」
「ですが」
やはり危険なのではないでしょうか。眉を下げて不安な表情。
「脚立、とかないのかな?」
「ありますよ。えーっと確かこっちの方に」
秋穂が探しに奥の方へと消えていく。目当ての本が並んでる棚を見つめた。自分の小さな身長では届きそうにない。確かに海渡ぐらいの身長であれば届く距離だ。だが迷惑かけたくない。彼だって忙しいと思うし。言ったら絶対嫌とは言わない。なんだか甘えるのが怖かった。もう何回も彼とは会ってお話していて、ちょっとは近づけたかなと思っているのに、優しさが怖かった。
「ほんとに大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫!」
ぎしり、ぎしりと音をたてて、ゆっくりのぼっていく。家でも何回かのったことあるしこの脚立は安定感あるし。目当ての本をとりだしまずは一安心。秋穂に教えてやる。
「とれた!見て!とれたよ秋穂ちゃん!」
「なまえさん危ないです!」
「え。」
ぐらりとバランスを崩した。バランスを崩したというよりめまいがした。夕べ寝れなかったからかな。いや、いまはそんなこと考えてもしょうがなくて。身体は逆らうように真っ逆さま。
「なまえさん!」
秋穂の小さな悲鳴と襲い来る痛みに耐えるようぎゅっと強く目を瞑る。秋穂とは別の自分の名前を呼ぶ声。
「・・・」
痛みがこない。身体がふわりふわりと宙に浮かんだ不思議な感覚に固く閉じていた瞼をそっと押し開ける。その不思議な感覚の原因はすぐに分かった。落ちる寸前に海渡に抱き止められていたからだ。
「わっ、えっ、か、海渡、さん!」
そっと地面に足をつけ、彼を見上げた。心配そうに見る瞳にドキリと揺れる。
「怪我はないですか」
「はっ、はい!あの、海渡さんが助けてくれたので・・・大丈夫、です」
ほーっと安堵の息を吐く彼を心配させてしまって申し訳なく思いながらもこんなに焦りをみせて取り乱す姿は、あのいつも大人びている彼からは想像もできないことから、ちょっと新鮮だな、と邪な気持ちがぐちゃぐちゃと入り混じってる。
「あなたは秋穂さんの大事なお客様なので。なにもなくてよかったです。」
この言葉に胸が痛む。そう。私は彼にとってはお客様で、それ以前に秋穂のお友達で。それ以上でも以下でもなくて。さっき変なこと思わなければよかった。罰があたったんだわ、きっと。
「なまえさん?」
心配そうに見つめるものだから我にかえって大丈夫と笑顔で返事すれば彼女もおなじようによかったと言って笑ってくれた。
「お茶にしましょ。」
「うん。」
小さな手同士からませて長い廊下を歩いていく。彼女には勝てるはずないのだと、そう思った。