小説 | ナノ



「あ、あれ?鍵・・・」

制服の胸ポケット、左右のポケット、スカートのポケット、鞄の中をくまなく探すが見つからない。あれ?確か朝はちゃんと持って、でも玄関でお母さんに呼び止められて。それで気がついたら遅刻しそうだったから慌てて家でてきて・・・もしかしてそのまま?

「やっちゃった」

これじゃはじめちゃんのこと馬鹿にできない。だけどこの寒い中いつ帰ってくるか分からないお母さんと美雪を待つのもつらい。お隣のはじめちゃんの家を見れば明かりがついてるから誰かはいるだろう。

「・・・しかたない、よね。うん。」

背に腹は代えられない。馬鹿にされたっていい。こんなとこにひとりぼっちなんて嫌。怖いし寒いしお腹すいたし。残念ながら財布のなかはすっからかん。こんなことならこの前のスカート買うの我慢すればよかった。とにかくここにいては凍え死んでしまう。取りあえずどちらかが帰ってくるまでってことではじめちゃん家にお邪魔させてもらおう。

ピンポーン。少し控えめに呼び鈴を鳴らしてみた。

「はじめアンタでて!今油ものやってて手が離せないのよ!」
「へいへい」

そんなやり取りがなんとなく玄関越しから聞こえてきてはじめちゃんの気怠い返事が聞こえる。お客が私だって分かったらどんな顔するのかな。

「は?なまえ・・・!?」

予想道理なんて間抜けな顔。素っ頓狂な声色。ここまで素直だとあまりからかう気しないなあ。

「こんな時間にごめんね。」
「いや、いいけど。どうしたんだよ」
「あのね、実は家の鍵を・・・」

「なあにはじめ誰が来たの、ってあらなまえちゃんじゃない!」
「こんばんはおばさん」
「まあまあ!こんな場所で立ち話もなんだからよければあがってちょうだい!」
「お、おい母さん」
「ほらはじめの部屋に案内してあげなさい!」

予定とは違ったけど家にあがることができたからラッキー、なのだろうか。なぜかご飯までごちそうになってそのままはじめちゃんの部屋で待たせてもらうことになった。部屋の中はいろんなものでごちゃごちゃになっていて歩く場所もない。漫画を拾いながら隅に寄せてく。

「相変わらず汚いなー」
「ほっとけ」

いつもは美雪と三人でいることが多いけど、今日は二人きり。しかも密室。邪魔ものはいない。ごくり、喉が鳴る。相変わらず可愛いな、とか胸は美雪のほうが勝ってるけど華奢な身体のラインとかちょこっとだけ周りの人とは違う大人びた雰囲気とか。ああ。いい匂いする。もしかしてこれは普段いいことがない自分に対する神様からのご褒美ではないだろうか。そうなら無駄にしてなるものか。行け。チャンスだ。感情が一気にあふれ出して背中を押してくれる。

「名前!俺・・っ」

ピピピ・・・。 電子音が部屋に響く。ぴたっとその音に合わせてなにもかも止まったようにしん、と静まり返った。

「なまえの携帯じゃね?」
「う、うん。あ、美雪だ。家に着いたけどどこにいるのって。」
「よかったじゃん」
「うん。待ってね。すぐ返事しちゃう。」

カタカタとキーをうち返信をはじめる。背中を見ながら心で息を吐いた。先ほどの衝動はどこかへ消えてしまい、なんだか身体の力がぬけて喪失感。折角いい雰囲気だったのになあ。

「すぐかえるね。っと。送信!」

その言葉に、はっと我に返った。

「そう言えばなんだったの?」
「へ?」
「さっき!なにか言いかけてなかった?」
「あ、ああアレ?はは、なんだっけ、忘れちまった」
「もう!」

頬を膨らませ唇を尖らせながらも不満そうに漏らした声。それ以上は聞かれなくて正直助かった。

「じゃあね」
「おう」
「明日はちゃんと起きてよね」

美雪と二人で迎えに行くから。嫌そうに眉を寄せるとくすくすと楽しそうに笑う柔らかい声が降ってくる。鞄とコートを持って立ち上がるとあ、と声をあげた。

「はじめちゃんがいてくれてよかった」

独りじゃ不安だったの。だから。ありがとう。また明日。そんな淡々とした言葉たちを軽く聞き流してしまう。いい感じだと思ったのに、美雪からのタイミングよく来たメールにぞっと身震いした。まるで妹に手をだしたら許さないぞ。的な。
呆けている目の前でゆっくりと部屋の扉が閉まる。その閉まった扉を虚しく見つめた。頭ではいろんなことできたりするのにいざ本人を目の前にしたらすくんでしまうなんて情けない。だが、あんな安心しきった笑顔で言われたら襲えない。

「ちぇっ。」

そのまま飛び込むよう布団に背を預けそのまま目を閉じた。



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