もともと寝つきは良くない方だったけど、一睡も出来ない、なんて事は無かった。いつものようにラボから抜け出し真っ暗闇の中へ。
「夜空キレー・・・」
キラキラと煌めく星たちを見るのが唯一の楽しみだ。今の時期寒いのが難点だけど。この際贅沢は言えない。さて、困った。困ったどころの話ではないが不眠症なんて誰にも相談できない。言ったところで心配かけさせるだけだ。大丈夫。すぐ眠れるようになるはずだ。
こんな日が一週間以上と続くと、そろそろしんどい。人間そう長くは続かないもので。いつか寝不足で死んでしまうんではないか?
雲一つない快晴。太陽が眩しい。眩しすぎて今の自分には辛い。クラクラする。
「ちょっと千空ちゃん、なまえちゃんそろそろジーマーでバイヤーなんじゃないの?」
「そうかもしれねえな」
心配そうに言うあさぎりの言葉に嘘はない。増えていく明らかに寝不足でできた目元の隈と顔色の悪さに、あさぎりだけではなく皆心配していた。
「なまえ少し休んだらどうだ?」
「ありがとう。でも皆頑張ってるのに私だけ休めないよ」
どれだけ休息を進めてもこの一点張りである。優しすぎるのだ。自分の体よりも他人を思いやる気持ちを優先させてしまう。そこが良さでもあり悪さでもあるのだがとにかくほんの少しでも元気になってもらえれば。またあの笑顔が見られればと。あさぎりがなまえの元へふらふらと近寄っていく。
「なまえちゃんちょっといい?千空ちゃんが呼んでたよ〜」
「千空が?なんだろう・・・」
「急ぎみたいだったから早くね〜」
「分かった。ありがとう」
早く早くと急かすよう送り出す。その背中を見ながら薄ら笑を浮かべるあさぎりの横でコハクは不審な眼差しを向けた。
「何を企んでいるんだ」
「やだなー何もだよ。とりま、頑張っているなまえちゃんにご褒美ってところかな」
コハクはあさぎりの言葉に首を傾げた。千空がいるラボについてカーテン越しに声をかける。
「千空?あさぎりさんに急ぎの用事って聞いて来たんだけど・・・」
「入れ」
呼びつけた張本人、千空と視線があうと、なぜか眉間にシワがいつもより深く刻まれていた。一瞬ヒヤリとした感覚。嫌な予感しかしない。
「そこに座れ」
「え?なに?なんで?」
「いいから座れ、つってんだ」
いつもより低い声に何かやらかしたのだろうかと内心焦りつつ言われた通りに渋々座る。
「あ、あの、なんか怒ってる・・・?」
「ああ。そうだなあ。体調の自己管理もできねえ、あまつさえ仲間を心配させてることを気づいてても見て見ぬふりしてるテメーにな」
気づかれてた。
「だ、って不眠なんてどうしたらいいのか分からないし皆を巻き込むことしたくなかったの」
「変なとこで意固地になりやがって」
「う。ごめんなだい・・・」
気分が悪いのと睡眠不足で上手く頭が回らない。じわりと涙が滲んだ。頬を掴まれて千空の方へ向けられる。
「あ"あ"、ブッサイクな面になりやがって」
「ブサイクは余計だよ」
少し間を空けてなまえの隣に腰を下ろした千空は名前の肩を引き寄せて自分の膝へもっていく。
ん、んんー?あれ?え、っと。これは・・・ひざ枕というやつだ。頭がついていかず困惑してる。
「あ、あの、千空さん?これは一体・・・」
「少し眠れ」
なんで。眠れないから悩んでいるのにどうやって眠れと言うのか。しかもこんな昼間から。
「い、いいよ!別に眠くないし、」
起き上がろうとするが、
「俺のひざ枕じゃ不満か」
「いいえ!そんなことないですっありがとうございますっ」
慌てて起こしかけていた体を元に戻し、仰向けになると千空に顔をみられて恥ずかので横向きになる。それにしても急にひざ枕なんてどうしたのだろう。千空らしくない。だってあの千空がひざ枕など自ら進んでやるなんてありえないのだ。そうか。あさぎりの入れ知恵か。だから呼びに声をかけてきたのもあさぎりだったんだ。そう考えるとなぜかすんなり納得がいった。
「ひざ枕はあさぎりさんに言われてしたの?」
「あ?」
「だってそうでなきゃ千空がひざ枕なんてらしくないもんねえ?」
「俺だってこれでも一応心配してんだ」
「・・・、・・・そっか・・・」
素直な千空の言葉に、かっと頬に熱が集まった。理由はなんであれ嬉しい。
「・・・いいから目瞑れ」
「はあーい・・・」
千空の手がなまえの髪を優しく撫でる。いつ以来だろう。安心する千空の匂い。
「頭撫でるなんて今までしてくれたこと、ないじゃんねえ」
きっと明日にはこのレアかつ貴重な千空はもう拝めないんだろうなと少し残念がる。あったかい。安心しきったのか、うとうと、睡魔に襲われはじめる。今まで眠れなかったのが嘘の様。特に何をされたわけでもないのに。
「千空お母さんみたい」
意識を手放す少し前、千空が笑った。いつもの意地悪そうな笑みじゃなくて柔らかく優しい笑み。愛おしそうに見るその笑みは安心するには十分だ。
あんなに何日も眠れなくて困り果てていたのにたったこれだけで深い眠りに落ちてしまった。
(おやすみ よい夢を)