小説 | ナノ



「あ、いらっしゃいビスケット」
「ごめん少し遅れた‥‥、ってその格好」
「あー、整備中に汚れちゃってさー
ベトベトだったからシャワー浴びちゃった。」

へらりとなまえはそう笑って言った。タンクトップにショートパンツ姿で、濡れた髪からは雫が首筋をつたっている。蒸気した頬にタオルで髪を乾かす仕草に自然と自分の喉がごくりと鳴るのが分かった。綺麗な真っ白の露出している肌が目にちらついてパッとそこから視線を逸らす。


「なにか飲む?って言ってもお茶かジュースしかないや」
「どっちでもいいよ」


正直今はなにも喉に通りそうにない。彼女の部屋にくるのは初めてのことではないが何度も入り浸る仲でもない。今日は相談したいことがあるから、と呼ばれたのだ。真剣な瞳で見つめられれば空気が重くなったような気がした。少しだけ空いた間に耐えきれなくなった頃にようやく彼女の口から言葉が紡がれる。

「あ、あの・・ね、・・」
「うん」
「気になるひとが、いるの・・」

その言葉に身体がピシッと石のように固まった。聞き間違いでなければ自分が思っていた悩み相談事とはどうも違ったらしい。恋愛、恋という分野はまったく分からない。それ以外だったらなんとか相談にのってあげられたかもしれないけれど、そこに関しては専門外だ。まさか、彼女の口から恋という言葉がでてくるなんて予想打にしなかった。なんだか胸がチクリと痛んだような、好きなひとがいると聞かされて嫌だな、と思ってしまい自分はどうしてしまったのだろうか。

「へ、へえ・・そうなん、だ」
「うん、でね、その人はすごく鈍感なの。何回かアプローチしたりしてそれとなく行動してみてるんだけど・・」

全然気がついてくれなくて、と寂しそうに肩を落としそう呟いた。そんなカオするなんてよっぽど好きなんだな、その人が。どんなヤツなんだろうか。そこまで彼女に思ってもらえるのだからきっといいひとなんだろう。

「ねえビスケット、わたしってそんなに魅力ない・・!?」
「え?まさか!すごく素敵だと思うよ」
「・・でも彼には気づいてもらえないの。」

ぎゅ、と力なく握った拳が震えた。


「伝えたらどうかな?」
「え・・」
「伝えるんだよ気持ちを。そして行動してみよう。」
「そんなの・・」
「だってそうしなきゃ今の関係のまま、だと思うけど、それじゃ嫌なんでしょ?」
「・・・うん、嫌・・・」

顔をあげて見据えてきた彼女の真剣な瞳になぜだかそらせない。ドキドキと胸が鳴る。身体の熱が上がったことにより、じんわりと汗が滲んだ。
柔らかそうな唇が、上下に動きをみせる。

「・・、すき」

最後のはか細い声だったけどハッキリ聞こえた。好きだと。

「え・・」
「ビスケットがすき」
「まさ、か、そんな」
「まさかとは思ってたけど本当に気づいてなかったんだ。フリではぐらかされてると思ってた」
「あは、ははは・・・」

ぎゅ、と自分の甲に小さな手がおかれる。心臓がひとつ、音を鳴らした。

「本当に・・意地悪だよね、ビスケットは・・いくら気づいてないからって素直に部屋に来ちゃうんだもん」

なんだか嫌な予感。覆い被さられ、二人してベッドへと沈んだ。突然のことに身体が硬直する。

「ビスケットが言ったんだよ?行動してみろって・・わたし初めてだからリードなんて・・できないけど・・」
「僕も・・無理だよ・・」

ふいに口からでた言葉に耳を疑った。自分はいま、なんて言った?まだ気持ちにも応えていないのに、順番がごちゃごちゃすぎだ。一気にいろんなことがありすぎて、ついていけない。だけど、彼女には変な期待をさせちゃいけない。駄目だ。

「ビスケット・・」

駄目なのに。彼女のいつもより低い声で囁かれて、いまだしっとりと濡れた髪が、なんだか艶めかしく、甘い香りが僕の理性なんか簡単に崩してしまう。もうなにもかも考えられないほどに彼女が仕掛けた罠にはまりはじめている自分がいた。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -