小説 | ナノ



ある晴れの日。鴨川ジム内はいつものような明るさ活気はなく不穏な空気にさらされてる。それはムードメーカー的存在であるジムマネージャーなまえの機嫌が悪いことである。おかげで各々練習に身が入らない。一歩はサンドバックを叩いていた手を止める。

「な、なにがあったんですか?」
「俺だってわかんねえよ」

恋人である木村に聞いてみても朝からずっとあの調子でお手上げ状態とのこと。確かにピリピリと殺気だっていてとてもじゃないが理由を聞きに行ける雰囲気ではない。

「一歩お前聞いてこいよ」
「いやですよお」
「板垣行け!」
「僕も嫌です!あの状態のなまえさんは死ににいくようなものですよ!」

"俺のパンチはダイナマイト〜。"
馴染みのある豪快なお世辞にも上手いと言えない、テーマソングが聞こえるとガラリと扉が開いた。

「よーう小者くん達!」
「あ、鷹村さん!」
「出迎えご苦労!」
「誰もあんたのことなんか待っちゃいねーよ!」
「なまえさんが・・・」
「あ?なまえがどうした」
「なにやら機嫌が悪いようで・・・いまどうしたのかって話していた所だったんですよ」

鷹村がなまえの方を見る。背中ごしからただならぬオーラがでている。

「ケッ、どうせ大したことじゃねえんだろ」

ずかずかと歩き出す。ここに強者がいた。鷹村はなんの躊躇せずなまえに話しかけにいった。

「なまえ!」
「・・・・・・」

両者鋭い目と目が逢う。周りからは思わずゴクリと喉が鳴った。

「不細工がさらに不細工になって磨きがかかってるな!」

鷹村の言葉になまえ以外の誰もがずっこけた。あまりの物言いに呆れ果てて何も言えなくなる。

「なんてこと言うんですかあ!」
「最低だ!」
「失礼にも程がある!」
「なまえさんに謝れ!」

青木村が床に沈んだ。板垣と一歩はその光景に顔を青ざめ鷹村を見る。怒らせては駄目だ。話を変えねば。

「なまえさん!どうしたんですか?ずーっと暗い顔してますよ」
「一歩くん」
「なにか悩み事があればはなしてくれませんか?」
「・・・でも・・・」
「微力ながら相談に乗りますから!」
「・・・・・・」

むっすりと膨らませてた頬を緩めて唇を尖らせながら渋々話し出した。木村に視線をおくり皆木村の方を見る。

「・・・木村さんがせっかくためてたドーナツ屋さんのポイントを勝手に交換しちゃったんですよ」

しん。暫し沈黙がながれる。理由が理由なだけに脱力した。うわあ、なんだそんなことか。

「ドーナツ屋さんでためたポイントで何のグッズと交換するか迷ってたんだけど・・・」
「ボクシングにタオルは必需品かなあって・・・ね」
「だからって勝手に交換する!?」

酷い!と声を荒げた。確かに本人に聞かず勝手に交換した木村が悪いがなまえも心が狭いというかなんというか。まあ自分で必死にためて楽しみにしていたという気持ちもわからなくはない。不機嫌な原因が判明し皆ほっとする。原因の内容があれなだけにもう二人でなんとかしてくれという感じである。木村となまえの言い合いは続く。

「こつこつ積み重ねて溜めたポイントだったのに!」
「わ、悪い悪い。けどさ、なまえちゃん聞いたら興味なさげだったから」
「ほとんど私が必死にドーナツ買ってためたんですよ!食べきれない分は商店街の皆さんに配ってまでためたのに・・・」

・・・そこまで・・・意外と子供っぽいところ、あるんだなあ。となまえの新しい一面を知った。

「だいたい木村さん減量中とかで買ったドーナツは全部私が食べてしかもそれで増量した私を触っては太ったね、って容赦なく罵ったこと忘れてませんよ!」

ざわざわと木村の背後からひでえ、なんて奴だ、鷹村さんのこととやかく言えませんよ、など非難の声が浴びせられて木村はどん底に突き落とされたように感じた。

「また買ってためようよ。皆で集めればなんとかなるだろ?」
「無理です。カードの配布期間は一昨日までです!」

唯一の希望が打ち砕かれた。瞬殺だ。

「どうするんですか。かなり怒ってますけど・・・」
「どうするたって・・・」

もはや打つ手無し。万事休すか、と思われた矢先青木がなまえの方にそっと近寄った。

「なまえちゃん」
「青木さん?」
「これ。まあ木村も悪気があったわけじゃねえと思うんだよ。代わりにはならねえけどこれで好きなもん買ってくれ」
「え・・・受け取れません!」

青木が渡したのはお金だった。お金で解決しようとは・・・。なんて腐ってるんだ。現になまえも困っている。板垣と一歩は人間性を疑った。木村は助け舟に心の中で安堵の息を吐くも青木が素直にお金を渡してる姿に多少不信感を募らせた。

「へえ青木のやつやけに気前いいな」

そう手元を見ていた木村は見覚えのある財布だなと思った。それもそのはず。

「ってあー!それ俺の財布じゃねえか!返せコノヤロー!」

奪いにかかる木村に青木はひっそりと耳打ちした。

「いまのうちにゴキゲン取りしとかねえとなまえちゃんにフラれちまうぞ!」
「う・・・ぐ、・・・」

これにはさすがにぐうの音も出ない。顔を青ざめ微動だにしない木村にこのお金の持ち主が青木ではなく木村だと分かったなまえはニヤリと口の端を吊り上げ悪戯な笑を浮かべた。鈴を転がすような声で。

「欲しいパンプスがあったんですよー」

この言葉に肩がギクリと揺れる。おそるおそる振り向いてみた。覚悟を決めなければいけない。耐えろ。そっと財布を覗いた。

「・・・お幾らですか」

ファイトマネーで足りるかな。一瞬で財布の中身が寂しくなったのは言うまでもない。

fin



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