ナマエは美朱と一緒に異世界からこの世界に来た女の子。唯一心から自分の命をかけてでも護りたいと思えた大切な女の子。
「あら」
部屋に引きこもってばかりいてはいけないと少しばかり外の空気を吸おうと散歩がてら外にでた。歩いていれば途中でナマエと美朱と出会う。向こうの世界から持ってきたのだろう。知らない器具や材料を持ち調理場へ向かおうとする二人。
「美朱アンタに作れんのお?」
「む。どーゆー意味よ柳宿!」
「ナマエも誰かに作るの?」
「えへへ。内緒。」
なによ。言えないなんてなんか気に入らないわね。
一度は自室に戻ったものの、気になって気になって。もう一度覗いてみる。
「できた!」
「わっ可愛い!いいなあ、私不器用だからラッピングとか苦手」
「美朱もじょうずだよ!鬼宿喜んでくれるといいね!」
「うん!」
どうやら美朱は鬼宿にあげるらしい。それはそうか。やはりナマエだけはあげる相手が分からない。
「ナマエちゃんも喜んでもらえるといいね!」
「・・・うーん、どうだろう」
「ナマエちゃん?」
「わたしのは片思いだから。」
知らなかった。好きな人がいたなんて。元の世界の男かしら。きっとあんな見たことない顔をするのだからよほど大事な人なんだろう。ちくん、胸に鈍い痛み、心が虚しい。
「あ、柳宿!」
しまった。見つかってしまった。
「ちょうど良かった。今ね、柳宿の部屋に行こうと、」
「今は・・・話したくないわ」
「え?ちょ、柳宿!?」
なんで逃げるの!?待ってよ。引き止める声が聞こえたのに逃げるようにその場から走り去った。しばらく走ったところで足を止めその場にずるずるとしゃがみ込んだ。
「なにしてんのかしらアタシ」
前にナマエに子供だと言ったことがあるがこれではどちらが子供なんだか分からず頭を抱えた。ただ聞けばいいだけなのにそれすらできない自分がいやになる。もういっそナマエが想い人とくっついてくれればこんな思いしなくてよくなるのだろうか。振り回されずにすむのだろうか。いや、違う。この想いは誰にも消せない。
「柳宿」
ふいにかけられた声に肩が小さく揺れる。なんで追いかけてくるのよ。放っておいたらいいじゃない。向き合いたいのに顔が見えない。なにも、聞きたくない。
「なによ。なんか用?さっさと渡しに行ったらどう?」
つんけんとした態度を取ってしまう。言いたい言葉はこんなことじゃないのに。好きすぎておかしくなる。狂いそうになる。独り占めしたいって気持ちが強くなって止められず、どうしようもない。はあ・・・。頭上から小さなだけど、ため息が聞こえた。ああ、きっと呆れられた。嫌われてしまった。もういいわ、どうとでもなればいいのよ。柳宿の目線に合うようにしゃがみ込んだ。目の前に差し出された綺麗に包装された小さな箱。それは先ほど美朱と楽しそうに他の男に作ってたお菓子。目を丸くした柳宿にゆるりと笑った。
「これは柳宿にだよ?」
「え・・・」
「なにを勘違いしてるのかは知らないけどいつも迷惑ばっかかけてお世話になってるから」
そのお礼だよ。今度は可愛らしい花のような笑顔。なぜだか一気に身体の力が抜けた。ずっととれなかった胸のもやもやが嘘みたいにすっとなくなって穏やかな気持ちになる。ただ一言、他の男へではなく自分にとナマエ自身から聞かされただけで黒い霧が晴れたように。
「せっかくだし食べてくれない?シンプルにクッキーにしたの。」
「仕方ないわね、食べてあげるわよ」
クッキーを食べたら伝えよう。ありがとう。嬉しかった。勘違いしてごめん。それから、溢れだして止められないたくさんの大好きを。