ショートショート | ナノ



19:45 木村


今日は彼女が見に来てくれている。無様な姿おろか負ける姿なんて見せられねえ。この試合、なにがなんでも、勝つ。マウスピースをはめ、中央へ向かう。

カアーン。

試合開始の合図の音と共に観客の声。確か彼女は青木たちと来ているはずだ。ちらちら、そちらばかり気にして隙をみた相手は右をくらわしてきた。俺はそれをもらい、ふらつくが、なんとか踏ん張って耐える。きっともらった瞬間、なに気を抜いてやがる、集中しやがれ。と罵声が観客の声と混じって聞こえてきてきたのは、きっと、否、紛れもなく鷹村さんだろう。口から流れた血を拭い、気合いを入れ直す。言われた通りに集中するんだ。だが、目線は相手ではなくやはり彼女が気になって仕方がない。今は試合に勝つことだけに集中しなければいけないのに。なんとか拳を繰り出しワンツーがはいる。そのまま連打。しかし相手も避けつつ打ってこようという闘志が見える。負けたくない気持ちは同じだ。最終Rまでもつれこみ、決して華々しい勝利ではない、ギリギリの判定勝ち。情け無い。ふらふらした足取りでリングを降り、会場を後にする。

「っ木村さん!」

控え室の扉が開き、彼女が走り寄って俺の顔にそっと触れた。

「ああ、こんなに腫れて・・・しかも観客席から見るよりも傷だらけで、痛かったでしょう?」

心配してくれる声を聞きながらぼんやり思う。・・・やっと会えた。どんなに会場で探しても見つからなかった彼女が、今、目の前にいる。思わずその触れた手を引いて、だきしめる。ヤバい、俺今汗だくで血だらけで顔を腫らして胸張れる試合じゃなくかっこ悪い。対して彼女は相変わらず可愛くていい匂いがして洋服だって見たことがない新しく買ったであろうニットだ。このままじゃ、汚してしまう。そう思うのになぜだか離れられない。彼女に回された腕もぎゅうっと力がこもるそのまま頭を撫でられた。

「・・・いい子、いい子。よく頑張りました。」
「俺そんな甘やかされるような年じゃないっすよ」
「今日はいいんです、特別です。」
「そうっすか、じゃあついでと言ったらなんですけど、お言葉に甘えていいですかね?」
「ん?」
「今日は俺とずっと一緒にいてくれませんか。」

きょとんと、目を丸くしていた彼女だが、ゆるりと笑って、

「喜んで。」

そう言った。口の中を切った痛みなんか忘れた俺は、柔らかなその唇に優しく口付けた。


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