ショートショート | ナノ



13:47 板垣


学の口からでるのは決まってまずは「幕之内一歩」そして「ボクシング」。その二つのみの会話のみ。不愉快だ。面白くない。てかデートでその話題ってどうよ、彼女と二人きりのときぐらい忘れろってんのよ。気を遣え。もちろん本人はそんなこと知るはずもなく淡々と日々起こった素晴らしい幕之内伝説を語っていた。

「で、先輩はここからがすごいんですよ!」
「へえーほおー。」

手持ち無沙汰な私は注文してからだいぶたったクリームソーダをくるくるとストローでかき混ぜ溶け始めているアイスとサイダーが入り混じっていく様をじっと見つめていた。学は再現するようにシュッシュッと空を切る音をさせシャドーをしている。店の中でやめてよ。

「ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよー。ナンプシーなんちゃらでkoって」
「デンプシー・ロールだよ!聞いてないじゃないか!」
「え。」

やっちまった。だってつまんないんだもん。耳に胼胝ができるほど聞き飽きた。聞いてなかったけど文句言わずに付き合ってあげてんだからいいじゃん。武勇伝語るのは誰か他の人に頼めと思う。そりゃあプロになったら幕之内一歩に会えるのを楽しみにしていた学を知ってるから分からないでもないが私からしてみたら羨ましく、そして妬ましくもある。大事にしていたものを取られてしまった、そんな気分だ。今度はしっかり聞いておけとそう言っては、またはじまった幕之内一歩マシンガントークはもはやいつ終わりを迎えるか予想できない。これでは今日のデートもどこへでかけるわけでもなくこのお洒落なカフェで雑談で済まされそうだ。今日は暑いしいいのだけれど。話が幕之内一歩じゃなければどれだけ楽しかったことか。いやそう言ってるけど実際学がいればどんな状況だろうと私は楽しいし嬉しい。楽し気に話をする学のころころと変わる表情が大好きだ。

「悔しい。」
「は?」
「絶対負けない。」
「誰に?」
「なんでもない。それで?そこからどうなったの?」

私から続けてと話をふられたのがよほどうれしかったのだろう。ぱあ、と明るくなる。丁度近くを通りかかった店員さんに視線をおくり、手を上げる。

「すみません。クリームソーダおかわりください」

まあ、もうしばらく付き合ってあげますか。


*ナイトメア


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