青になる | ナノ



私の同級生たちは、何かがある度に写真を撮りたがるけれど、真逆の人間だって、確かに存在するもので。
私も例にもれたのかもれていないのか、写真を撮られるのが嫌いな人間だ。なにが嫌かって、私は写真のなかでうまく笑えない。友達はみんな笑うのが上手だけど、私といえば、無理やりに口角をあげて笑ってみようとすると凶悪な顔になるし、笑顔の可愛い子と二人で写真を撮った日なんかはもう、笑いものにされるに違いないと思っている。ケータイカメラは敵。

狭い中庭から見上げる空は、無限大に青い。この青だったら、いくら撮ったって笑ってくれるだろうに。

――カシャ、と。
ふいに響く、シャッター音。
こちらに向けられているレンズに、私が映っている。私は、カメラの向こうの男の子に、わざとらしくため息をついた。


「……ほんっと、なんなの。市井くん」
「んー、空と永瀬さんって、なんか似合うなあって」
「会話成り立ってないけど」


私は大層不機嫌に言葉を発したはずだけど、隣の男(ナチュラルに同じベンチに座っているのがなんかムカつく)は一眼レフを片手に上機嫌だ。

私の今のところの敵は、このひと。


「市井くんって、人の写真は撮らないんじゃなかったっけ?」
「そんな時期もありました」
「そんな時期に戻ってください」
「やーだ」


市井くんはそう言って笑った。
ムカつく。無駄に笑い顔がキレイなのもムカつく。


市井くん。
隣のクラスの美人さんで、カメラを私に向ける、変なひと。
市井くんは美人さんだから、女の子にモテるし、男の子からも人望がある。……や、これは美人さんなのはあんまり関係ないかも。よく笑うし愛嬌もあるから、余計、人に好かれるんだとおもう。そして、色素が薄めの柔らかそうな髪も、落ち着いた声も、市井くんの美人ポイントを高める要素となっている。
写真は趣味だ、と言っていた。一眼レフ(高そう)をぶらさげて学校へ来る理由は、曰く、「学校は他とは空気が違うから」、だそうだ。また会話が成立していない(むしろ、市井くんと会話のキャッチボールができたことってあったっけ? ……だ、だめだ、思い出せない)。
まあ、空気が違うと言っても、きっと、排気ガスの溶けている量はさほど変わらないだろうけど。けど、そうらしい。


市井くんのキレイな横顔が、ひたすらに青い空を見ていた。雲なんか一つもない、悔しくなるくらいに青い空。
そして、独り言のように小さく、つぶやく。


「……永瀬さんがそのうち、空に溶けてっちゃいそうで、俺は、こわいよ」


……なによ、それ。
そう言いたかったけど、言えなかった。市井くんの横顔が、瞳が、真剣だった。
私は開きかけた口を一度閉じてから、もう一度、しっかり言葉を紡ぐ。


「私は、空になれない」


私は、空になんかなれない、から。
市井くんが私を見る。
悔しいほどの青から目を離して。
そうして提げたカメラも構えずに、言うんだ。


「うん。……永瀬さんは、永瀬さんだもんね」


市井くんはふにゃっとした顔でわらった。私はなんだか気恥ずかしくなって、一色の空に視線をもどす。
小さく呼吸をしてから、口を開く。口角は自然に上がっていた。


「……うん」


私はほんの一瞬だけ、青になった。





「っあーもう! 油断してた!」
「いきなり大声出して、なによ」
「さっきの永瀬さんの笑顔撮りたかった……!」
「と、撮らなくていい!」
「はぁ……しょうがないから、今の赤い顔の永瀬さんで我慢するわー……」
「してないそれ我慢してない!」
「ほら、顔隠さないでよ」
「そう言いながらシャッター切らないの!」
「やーだ」
「うるさい!」




120912
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