蚊になれない身体 | ナノ



蚊というものは、よく人に疎まれるものだ。


なんてったって、刺されたら痒い。俺だってイヤだ。
……けれど、でも、俺は蚊に憧れているのだ。

何でかって?
そりゃもちろん、好きなヤツの血を好きなだけ吸って、腹一杯で飛べなくなるくらいまで吸って、挙句ソイツの心を惑わすような痒みさえも残していけるから。
イイだろ?  痒みがひいていくまではずーっと、それに惑わされて、苛まれる。

俺がそいつの心を惑わすんだ。
そんなこと、人の身体じゃ無理なハナシで。

……蚊はイイよなあ、ほんっと、憧れるよ。




俺は、なぜか男を好きになった。

この年でホモ発覚だ。いや、バイか?
なんだったんだよ、俺の今までの十七年間は。今までに好きになってきたはずの女子たちは一体なんだったんだ。いやマジで。

俺が現在好きなヤツ、まあ男なんだが、そいつはホモじゃない。もちろんのことだけれども。
そんでもって、彼女持ち。羨ましいぜこん畜生。そんな優しいツラに微笑まれたらそりゃあ女も一発、ころっといっちまうわな。ああ、もう。
なんなんだよ。なんでだよ。


俺はそいつと話したことがない。クラスは同じだが、接点がないまま夏になってしまった。

……目は、よく合う。(まあ気づいたら俺が見ちゃってるんだけど、)それで、微笑まれる。
あの、優しい顔で。
俺は耐えきれなくなって顔を背ける。

俺には少し、優しすぎるのだ。
自分がどうしようもなく汚らわしい生物に思えてくる。

ああ、ごめんなさい、好きになって。一瞬でも心を惑わそうだなんて思って。でもどうせ無理に決まっている。
ないものねだりは得意なんだ。どうせ無理だとわかっているなら、心置きなく強請ることができる。「お前には無理だ」と言われることを待ち望んでいる。ただ、それだけだ。


蚊に、なりたい。あいつを、あいつの心を惑わせてみたい。
そう思いながら今日も、あいつの席の方をちらりと盗み見るだけ。俺は窓際一番後ろ。ばっちり見える位置にいるのだ。

都合がいいのか悪いのか。最近の授業時には、何やってんのかなあ、とか、何考えてんだろうなあ、とか、そういうことばっかり考えてしまう。

俺は乙女か。

ははっ、……ちっとも笑えねえよ、クソやろ、……っうお!?
め、目が合った。なに?、と言いたそうな顔で微笑まれる。
心臓がどくどくと波打って、時間が止まる。

あいつしか、見れない。

……耐えきれなくって、すぐ逸らしてしまう。
顔に熱が集まってくる。ああ……ああ、なんだよ、俺を誘惑するんじゃない!

先走った心臓が、鳴り止まなくなる。



終業のチャイムが響いた。教室が一斉にざわめく。
俺は蚊になるため、席を立つ。今日は、なんだかイケる気がするんだ。俺の勘がそう言ってる。当たる確率なんてものは半々だけれど。

今日ならあいつに一言、声をかけられる、そんな気がするんだ。

ずんずん進んで、あいつの席まで一直線。ちょうど席を立ったあいつの前に立ち塞がる。
心臓が、ばくばく言ってる。
あ、なんか俺、死んじゃいそ。


だんだん遠くなっていくざわめき。
心臓の音だけがやけにうるさかった。


……言うぞ、言ってやるからな。


「なあ、」

「ええっとー……川藤?  だよな。よく目合うよな、何か用でもあったか?」

「え……っあ、うん、ううん、そう、川藤」


不意を突かれた。俺を見て微笑むのはやめろ、照れる。


「川藤ね、川藤」
「あ、お、おう……?」
「ははっ、そんな面白い顔すんなよ」


満面の笑みで肩をぽんぽんと叩かれる。

叩かれたところからじわりと熱を持って、全身に広がっていく。

そんな俺を置いてあいつはすたすたと歩いていく。なんか用事あったらいつでも言えよ、なんて言いつつ。

俺は五秒ほどぼーっとしてから、あいつに先手を取られたことに気づく。
あいつのが一枚上手だった。畜生。こっちから声かけて惑わすつもりだったのに。まんまと惑わされてるじゃねえか。


「っああ、もう」


ニヤける顔を両手で隠して、小さく一人こぼした。

ああそういえば。人の血を吸う蚊は孕んだメスだけらしい。
俺は蚊にすらなれないってか。上等だ。

いつか、惑わせてやる。
惑わせてやるよ、この俺が!




120402
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