ryousuke×girl

※大学生設定(未発表時に捏造で書いたものなので、純さんの進学先が公式と異なっております)


「……サークルの新歓?」

どんなに冴えない人でも身内以外から一生に一度ちやほやされるとするならば、それは大学生の新入生勧誘の時期なのかもしれない。あちらこちらを飛び交うビラ、「ご飯おごるよ」と言う誘惑はもう5日目だ。どこからもひっぱりだこと言うのは悪い気はしないのだろう。それは私に話しかけて来た子も同様だった。学部別交流会で連絡先を交換した女の子が「ねえねえ、(なまえ)ちゃん」と私を呼び止める。染めたての茶髪と、覚えたての濃い化粧、そして雑誌に掲載されているようなテンプレートの流行りの服を身につけた彼女は、つやつやとした唇を滑らかに動かしていく。

「そう、これから芝コンがあるんだけど、その後ご飯や宅飲みもするんだって」
「ふうん、そうなんだ」
「一緒に行こうよ!」
「どうしようかなあ」

これ、と目の前に突き出されたビラを手に取り、サークル名と活動内容を確認する。ああ、なるほどね。実際に赴いたことは無いけれど、噂はすでに耳にしている。スポーツの仮面を被った飲み中心、そんでもって酔った女の子がどうなっちゃうかお察しなサークルなんだそうだ。意外にも大規模らしいし、もしかしたら真面目に取り組んでいる人もいるのかもしれないが、火のない所に煙は立たぬと言う事で警戒するに越したことはないだろう。ところで、彼女は諸々の噂について、分かって誘っているんだろうか。そうだったらちょっと怖いんだけど。顔を顰めないように気をつけながら、やんわりと断る方法を考えていた。

「あたし、初日から誘われてるんだけど、皆、面白くて優しいの」
「そうなんだ、いいね」
「イケメンもいっぱいいるんだよ」
「ふうん」
「それで、先輩が(なまえ)ちゃんのこと、あの子かわいいから連れてきてよって!」
「………え?そういう感じ?」
「ね、お願い!」
「ごめん、興味ないや」

「でも、誘ってくれてありがとう、それじゃあまたね」と付け足し、笑みを作る。ビラを返した彼女はぽかんとした顔をしていた。まさか断られると思ってなかったのだろうか、ごめんね。イケメンと楽しいキャンパスライフを送ることができたらいいね。私はバッグを肩にかけ、その場からかつかつとヒールを鳴らして歩き去った。あまり履き慣れていないから踵がこすれて痛いのは内緒だ。何にせよ、今日はいくらご飯を奢ってもらおうともイケメンが居ようともふらふらとついて行くつもりはこれっぽっちも無かった。

「ーーねえ、そこのちょっとふてぶてしい新入生さん」
「……可愛いの間違いじゃないですかね、先輩」
「へー(なまえ)ちゃんって自分で可愛いとか言っちゃうんだ?」

大学生活が始まってからはや数日。未だ猫をかぶり続けている私のことをふてぶてしいと評価できるのは、かねてからの知り合いしかいない。むっとした顔で、声の主に目をやると案の定そこには亮介先輩がいた。ピンクの髪の毛はさながら桜のようで、春を彷彿とさせる。まあ、年中そうなんだけれど、特にこの季節は彼のイメージが強い。そんな先輩はむくれる私と対照的に笑みを浮かべている。私服に身を包む先輩、もう彼は大学二年目だから流石に見慣れたけれど、制服で事足りていた頃からの私服にはじめは戸惑ったものだった。懐かしいなあ。私もつい先日までは青道高校の制服を身に纏っていたのだけれど、女子高生のブランドと共に脱ぎ捨て、見事女子大生になった。先輩と、同じ大学。

「それが自称じゃないみたいですよ」
「へーそうなの?」
「なんか、どこぞのサークルの先輩も私のこと可愛いって言ってるらしいので」
「ふーん、よかったね」
「あ、どうでも良さそう」
「だって、どうせ見た目で言われてるんでしょ?」
「まあ、話したこともないですしね」
「はは、何それ」

そうして彼にさっきあった学部の女の子とのやりとりを簡単に話す。サークルの新歓に行こうと誘われたことも。私は笑い話として話したつもりだったのだけれど、先輩の表情が少し曇ったような気がした。

「ふーん、それで?」
「え?」
「行くの?そのサークル」
「行っていいんですか?」
「ダメ、何されるかわからないし」
「へー心配してくれてるんですね」
「(なまえ)ちゃんはふてぶてしいけど、一応新入生だし、イケメンにちやほやされたら上級生マジックみたいなのに引っかかりそうだから」
「……あれ?何か悪口言ってません?」

相変わらずの腹黒毒舌は彼女に対してであっても例外にあらず。まあ、先輩らしいと言えば先輩らしい心配の仕方だとは思うけれど。私も本心では嬉しいのだけれど、表に出すようなことはしなかった。傍から見たら呆れられてしまうような関係性だけれど、お互い嘘つきで素直ではないのだ。でも、たまには素直になるのも悪くないのかな、と欲を出してしまう。

「……ちやほやされるのもイケメンもご飯もどうでもいいんですよ。私には中身見せても可愛いって言ってくれるひと、いるんで」
「…………」
「ね、先輩?」
「………ほんと、生意気」
「…っ!痛い!なにもチョップしなくてもいいじゃないですか!」
「(なまえ)ちゃんが変なこと言うからでしょ」
「変なことじゃないんですけど…」

やはり、手刀を振り下ろされる。先輩のチョップは何度くらっても慣れない破壊力を持ち合わせている。ちくしょう、たまには、なんて思うんじゃなかった。頭をさすりながら文句を言う私に対して悪びれることなく笑う先輩。この人の余裕は一体どこから来るのだろうか。高校生の頃からずっとそうだ。一つ年上だからか、なんとなく見え隠れするそれを私はずっと悔しいと思っていた。疑似恋愛をしていた時なんか恋愛をするよりもずっと反発ばかりしていたような気さえする。崩したいけれど、崩せない。それが小湊亮介という存在なのかもしれないなあ、なんて。

「ーーで、私今日暇なんですよね」
「そうみたいだね」
「なんですかその態度、私が暇って言ってるんですよ」
「わー女王様だ」
「むしろ新入生様です」
「ごめん、野球部はあんまり新歓してないから」
「ああ、してなくても来ますもんね」
「それともマネージャーする?」
「しませんよ」
「だろうね、俺も他の人の世話なんてして欲しくないし」
「……なーんか、サラッと言いますよね」
「なんのこと?」
「……さっきの仕返しですか」
「……さあね」

そうやってはぐらかしはするものの、やっぱり年下、しかも女に言われたのを気にしていたんだろう。ぽんと唐突に言われるから、それは甘ったるく聞こえないけれど、その言葉の裏側はきちんと伝わってくる。嬉しくて、無意識にゆるく巻いた髪の毛をくるくるといじる。ああ、そうだ、先輩の言葉に惑わされただけで満足してはいけない。私は私で言わなくてはいけないことがあった。私が今日の予定を何もないようにしていたのには理由があるのだ。本当はもっと早く言うべきだったんだろうけど、なかなか言い出せなかった。

「亮介先輩」
「うん?」
「これは『彼女』としてなんですけど」
「何なの?改まって」
「今夜、お暇ですか?」
「……純と後輩とご飯行く約束はあるけど、何で?」
「………ああ、伊佐敷先輩と…じゃあ、いいです」
「ちょっと、何でって聞いてるじゃん、答えて」

じゅん、非常に聞き覚えのあるその名前は先輩の高校時代からの友人兼チームメイトだった。私の一つ上ということで、彼の彼女ともども顔見知りである。と、いうか、私と亮介先輩が付き合うきっかけでもあった。まあ、本人はそんなこと知らないだろうけど。そんな伊佐敷先輩との先約があるのなら、心苦しいけれど邪魔をするのも良くないな、でも川上に愚痴を言おう、一瞬でそこまで考えを巡らせたのだけれど、濁したような私の言い分に亮介先輩は納得がいかないらしい。

眉を顰め、私の腕をぎゅっと掴んだ。驚いて、ぐら、と高めのヒールの重心がずれたのをなんとか元通りのバランスにする。私の心は揺らいだままだけれど。言っても言わなくてもいい反応は得られなさそうだ。覚悟を決めて、ぽつりと考えていたことを話し出す。

「明日、誕生日じゃないですか」
「………ああ、明日6日だっけ」
「一番最初にお祝いしたくて」
「え?」
「私は別に、いつでも良いんですけど、川上が…」
「川上?」
「いえ、それはどうでもいいです、すみません。とにかく、日付変わる瞬間におめでとうが言いたくてですね…」
「うん」
「………私の家に来ませんか?って言おうと思っただけです」

……言ってしまった。こんなの私のキャラじゃないだろうに、川上のバカ!今度ご飯奢ってもらおう。好きな人の誕生日を一番最初に祝うと言う話の発端は先月末の川上の誕生日を電話で祝った時のことだった。その話の流れから、家に呼んで一緒に日付が変わる瞬間を迎えればいいと言う提案にそのまま乗ってしまった結果がこれ。伊佐敷先輩という強敵に撃沈してしまったのだけれど。

引かれてしまっただろうか、言っても後悔することは分かり切っていたけれど…横目で反応を窺うと「そう」とだけ言っておもむろにスマホを取り出した。かつては揺れていたお揃いのストラップも今の機種ではつける場所もなく互いの家に飾られている。代わりについているのは色違いのカバー。先輩は手馴れた操作でロックを外し、電話をかけ出した。しばらくのコール音、そしてうるさいほどの通話相手の声が、途切れ途切れながらも届く。伊佐敷先輩は相変わらずボリューム調整ができないのだろうか。そのまま、二人のやりとりに耳を傾ける。

「ーーあ、もしもし?純?出るの遅いんだけど。ふざけてるの?」
「別にふざけてねーよ!」
「ああ、そう、それでさ、今日練習終わったら俺すぐ帰るから」
「え?マジかよ、飯行く約束は」
「ごめん、また今度にして」
「はあ?ちょ、なんで急に……!」
「可愛い彼女が誕生日祝ってくれるんだって。それじゃ」
「あ、おい、亮介……」

ーープチッ、ツーツー
会話と呼ぶには足りないほどの一方的さだったけれど、先輩は大丈夫と言わんばかりの顔である。なるほど、伊佐敷先輩への扱いは相変わらずらしい。彼に同情はすれど『可愛い彼女』と言われたことの方が大きかった。直接私には言ってくれないところが、悔しいけれど、惹かれてしまう。

「暇になっちゃった」
「なっちゃったって…いいんですか?」
「いいよ、別に。自分だって予定空けてたじゃん」
「それはそうですけど…」

ポケットにスマホをしまいながら笑う姿はあどけなく、口調も少年のようだった。でも、どこか逆らえないようなそんな雰囲気。そこで途端に家に呼ぶという行為が何を意味しているのかということについて考える。手料理を作って、買ってきたケーキを一緒に食べて、川上と一緒に選んだプレゼントを渡す。シミュレーションしていたのはそこまで。『もしかしたら』はあるのだろうか。でも、それでも、この人となら。

「それより、私の家に来ませんか、って(なまえ)ちゃんの家に泊まるってこと?」
「……だめですか」
「俺はダメじゃないよ、でも」
「でも?」
「付き合ってるからって警戒心なさすぎじゃない?俺も男なんだけど」
「……先輩となら、どうなったっていいんです」
「それ、後で嘘だって言っても知らないからね」
「馬鹿言わないでください。そんな嘘つきませんよ」
「ふーん、じゃあ、本気にするね」

わたしの嘘はどこへもゆけない

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request 嘘吐きヒロイン/望月さん
title さよならの惑星