※猫の鳴ちゃんを飼う話




自慢じゃないけれど、わたしは今まで割と真面目に生きてきた方だ。お酒の過ちで、ふらっと誰かと一夜を共にしたことなんてないし、毎回きっちり終電までにはひとりで帰っている。……っていうか、昨日は一滴もお酒飲んでないんだけど。だから、なおさら今自分が置かれている状況が信じられないのだ。どこへ行った、わたしの記憶。捜索願でも出した方が良いのだろうか。

「………すー、すー」
「……え、な、なにこれ……」

広々寝れると思って買ったセミダブルのベッドが狭く感じるのは、わたし以外にも寝転がる誰かがいるから。密着している部分はほのかにあたたかい。隣にいるのが彼氏であればそれはさぞかし幸福な朝だろう。でも、違う。異常な事態に置かれたわたしはどうしていいか分からず固まってしまう。

おそるおそる隣に視線を向ければ、昨日干したばかりのシーツからのぞいて見えるのは綺麗な白い髪と、端正な顔。睫毛が長く、高い鼻、綺麗な形の柔らかそうな唇。少年と青年の狭間のようなその容姿は、不法進入している見知らぬ誰かということを一瞬忘れてしまうくらい美しかった。いや、いやいやいや。忘れちゃダメだ。何かしでかしてしまったかとか、色々確認しなくちゃいけないことがあるんだから。とりあえず、自分が服を着ていることを確認してから、すやすやと眠る見知らぬ人を揺り動かして起こす。

「……んー」
「!」
「なに……?」
「お……おはよう、ございます」
「……おはよ」

薄眼を開けた彼の瞳は空のように青く、透き通っていた。キラキラして綺麗。なんだか、見覚えがあるような……ないような。少なくとも、こんなお砂糖のように甘ったるい男の子が目を覚ましたときに横にいるシチュエーションなんて、夢でもみたことないんだけど。本当に夢だったりして……全然冷める気配ないけど。彼の名前を聞いたら何か分かるんだろうか。

「……ところであの、どちら様ですか?」
「え!?」
「え、え、なんかごめん……」
「ひど!忘れちゃったの!?」
「いやー、えっと、忘れ……てるのかな?」
「昨日、俺のこと選んでくれたじゃん!ほら、よく見てよ!!」
「ち、ちちち……近い近い!」

不意に、鼻と鼻がくっつきそうなくらいの至近距離になるけれど、そんな距離でまじまじと見つめることなんてできなくって、思わず目をそらしてしまう。パーソナルスペースと言うものを知らないのだろうか。というか、「俺のことを選んだ」って、なんのこと?未だに状況が掴めていないわたしに訴えかけるように彼は続けた。

「だって、そうでもしないと思い出さないじゃん!俺のご主人!」
「ご、ご主人……?」

ちょっと待って、わたし男の子を捕まえてご主人様呼びをさせるような趣味は無いんだけど……一体どうなっているのだろう。狼狽えている間に、大きな両手で頬を挟まれ、逸らした目線を元に戻されてしまう。やっぱり男の子だから力が強い。

「メイ、って名前もくれたのに、なんで呼んでくれないわけ?」
「えっ」

唇を尖らせむくれる彼が口にした、メイ、という二文字には覚えがあった。名前をあげたという出来事にも。でも、それはおかしいんだってことも分かる。

「め……メイ、えーと、ちょっと、待ってね。昨日、わたしは、ペットショップに行った……よね」

自分の昨日の動向をひとつひとつ確かめるように振り返る。社会人になって数年、彼氏も結婚もどうでもいいけど癒しが欲しい、疲れきった日々の中でそう思っているわたしは行きつけのペットショップに一人で行った。それは間違いない。

「そこで、前々から見てて気になっている猫を思い切って飼うことにしたんだよね……うん。青い目で、白い毛のすごく綺麗な雄猫……」
「うん」

青い目に、白い髪の毛。同じ特徴を持つ男の子が相槌を打つ。そんな偶然ってあるのだろうか。

「わたしはその子にメイって名前をつけま……した」
「なんだ、覚えてるじゃん!」
「覚えてても全然意味が分からないんだけど!?」
「なんで?俺がそのメイだってば!昨日一緒の布団に入れてくれたじゃん」
「め、メイは猫のはずでしょ!?メイ、どこにいるの?」
「猫だし、ここにいるよ」
「いや、どう見ても人だよね!?」
「……ふーん、そう見えてるんだ。やっぱり」

わたしから手を離して、距離をとった彼は自分の手や脚をまじまじと見つめて、軽く動かしていた。感覚を掴むように、確かめるように。

「人間の体って慣れないけど、体が大きくなったのは悪くないね」
「ほ、ほんとに言ってるの?」
「ほんとだよ、なまえさん。毎週お店に来てくれてたよね。俺のところで立ち止まって、きらきらした目で見つめてた」
「……うん」
「初めてあった時から俺も君のこと見てたんだ」
「……そう、なんだ」
「まるで、君に会うのを待ってたみたいに。出会うためにここに居たんだって思ってた」

それは聞く人が聞いたらプロポーズのような言葉だった。実際口にしているのは、自称人間に変身した姿の猫だけれど。

「だから、神様にお願いしたんだ。もしなまえさんが俺を選んでくれたら、君を守れるような姿にして欲しいって」

そんなおとぎ話みたいなことがあるのだろうか。話についていけないけれど、彼は至って真剣な表情だったから茶化すこともできなかった。「だからね、」と続ける彼はわたしにすりすりと肌を寄せる。その動きはまるで猫みたいに、でも年頃の男の子の姿でするにはいささか大胆すぎる動きで、どきんと胸が跳ね上がった。

「連れて帰ってきてくれてありがとう。これでやっと触れられる。ガラス越しじゃない君に」
「め、メイ……ちょっと離れて」
「やだ」
「や、やだ!?」
「だって、やっと一緒に暮らせるんだよ。なまえさんだって昨日いっぱい俺にすりすりしたり、キスしたりしたじゃん。ずるい」
「そ、それは猫の姿だったから……」
「うるさいなあ、もう我慢できないの」

そして視界がぐるんと変わる。ベッドに沈む感触で押し倒されたのだと気づく。お日様のような香りがふわりとした。シーツごとわたしに覆いかぶさった彼の押さえつける力は、決して子猫のそれではなかった。本当に人間の男の子なのだ。メイはわたしを見下ろしながらいたずらっぽく笑う。

「一度選んでくれたんだから、よそ見したらだめだよ。病める時も健やかなる時も、ずーっと一緒」
「め、メイ……?」
「結婚よりもずっとずっと大事。ちゃんと責任とってね」

俺が発情期になったときも、って聞こえたのは気のせいじゃないかもしれない。かぷりと首筋を甘噛みされながら、わたしは夢であるように祈って目を瞑った。



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