修学旅行は特別な日だと思う。高校生活の中で一度しかないイベントだし、いつもと違う場所で、同級生のいつもと違う一面を見れて、いろんなことを経験できる。何年か経ってもきっと思い出を分かち合えるような青春の1ページ。でも、わたしの好きな人は来ない。

「なまえ、いいのー?私ら行くよ?」
「んー、いってらっしゃーい」
「後で来たかったら連絡してね」
「わかった、いけたらいく」
「それ絶対来ないやつじゃん!」
「もーこの子、渡辺くんいないからって拗ねてるよ」
「べつに拗ねてないよ。花札でも百人一首でも楽しんできて」

友達ふたりは、わたしの気のない返事に「いやトランプね!」「それ逆に新しい!」とツッコミを入れながら、いそいそと部屋を出て行った。

二日目の夜、ここからのふたりはきっと忍者みたいになるんだろうなあ。先生に見つからないように男子部屋に遊びに行くって言ってたから。そこで花札……じゃなかった、トランプ大会がはじまるとかなんとか。好きな子を含めた皆で夜を過ごす非日常とか、ばれちゃうかもしれないドキドキは魅力的だと思う、けど。

「ナベくんいないんだもんー、居てもいく勇気ないけどー」

そんな独り言を思わずつぶやいてしまう。もちろん何も返ってこない。わたし以外誰もいない和室は静かで、ちょっと広く感じる。誰も見てないし、自分の陣地の布団にばふっと思いきり倒れこんだ。ふかふかの布団が気持ちいい。わたししか居ないから、着たばかりの旅館の浴衣が着崩れるのだって気にならない。

わたしの好きなナベくんは野球部だ。ちょうど秋大会と日程が重なっていて、修学旅行には参加していない。前の学年もそうだったみたいだし、強豪校だからなんとなくわかってはいたけど、やっぱりさみしいなあなんて思う。観光地をまわっても、美味しいものを食べても、一番分かち合いたい人がそばにいないっていうのは、こんな気持ちなんだ。

窓の外には満天の星空。明るすぎる東京ではなかなか見られない景色だった。宝石のように散りばめられている星たちを見ると、思い出すのはナベくんのキラキラした瞳。

「……今、なにしてるんだろうなあ」

携帯を手にとって、表示された時間を見ると、21時になっていた。いつも連絡をした時は、大体これぐらいの時間に返信が来るから、自由時間なのかもしれない。でも、今は大会中だから、自主練とかで忙しいかなあ。

おそるおそるナベくんの連絡先を開いて、にらめっこする。そんなことしたって、テレパシーとか何かで、伝わるわけじゃないのに。やめた。わたしは携帯から目を離した。

「もしもし?」

……あれ?なんの偶然か、声が聞こえる。ナベくんの繊細なやわらかい声。聞くとほわんと周囲を和ませるあの声だ。夢?幻聴?慌ててもう一度画面を見ると、ナベくんの名前が表示されている。間違えて通話ボタンを押してしまったのだろうか。どきどきどき。動揺するけど、切っちゃうわけにもいかなくて、電話の向こう側にいる人を思い浮かべながら、応答する。

「……も、もしもし、ナベくん?」
「うん、どうしたの?」
「あー、あのね、ごめん、忙しくなかった?」
「大丈夫だよ。ちょうど休憩中」
「……ほんと?よかった」
「でも、みょうじさんから電話あるなんて思ってなかったけど」
「あ、そ、そうだよね。ごめんね!」
「ちょうど何してるのかなって気になってたからびっくりした」
「え!」

どうしよう、どうしよう。ずるいよナベくん。急にそんなこと言うなんて。わたしなんて勝手に片思いしてるだけのただのクラスメイトなのに。顔が熱くなるのがわかる。お風呂上がりでのぼせたわけじゃないのに。動揺したことが伝わらないように、一旦顔から離し、息を吸って吐く。

さっきまで乱れていた姿も急に恥ずかしくなって、キュッと襟を正して、布団の上に正座した。部屋には変わらずわたししかいないのにね。

「今、修学旅行中だよね?どう?」
「……あ、えっとね、今日は観光地を回ってきたんだけど、すごく良かったよ!」
「そうなんだ」
「景色とか綺麗で、いっぱい写真撮っちゃった」
「へー、帰ったら見せてほしいな」
「うん!」

そうだよね。修学旅行に来てないからどんなことしてるのか気になったんだよね。ちょっと浮かれたのが恥ずかしいけれど、今日あった出来事を話す。ちょっと迷子になった話とか、晩ごはんが美味しかった話とか、とりとめもないことなんだけど、その度にナベくんが優しく相槌を打って聞いてくれるのが嬉しかった。

「ナベくんたちはずっと自習?」
「うん、野球部だけでサッカーとかね」
「へええ、皆が野球以外のスポーツしてるって新鮮かも」
「ちなみに御幸はサッカー下手だよ」
「え、そうなの!?あの御幸くんが?」
「そう、あの御幸が」
「わああ、見たかったなー」
「その後、太田部長オススメのアクション映画を見たりしたよ」
「それも楽しそう!」
「先輩たちも去年同じだったんだって」
「ふふ、野球部の伝統みたいだね」
「修学旅行行けないのは残念だけど、こういうのもなかなかできる機会ないし、悪くないかな」
「うんうん、そうだよね」

反対にナベくんたちが何してるのかも気になって、深く考えることもなく次々と言葉が溢れ出る。どうしたんだろう、わたし、いつもよりずっと饒舌だ。誰かが言っていた「思い出を共有できなくて溝ができてしまう」って言葉が脳裏を掠める。そんな溝ができてしまわないように、必死で埋めようとしてるのかなあ、なんて。

「そういえば、みょうじさん」
「ど、どうかした?」
「ううん。僕なんかと電話してて良かったのかなって」
「ななな、なんかだなんて!おそれおおいよ!」
「そんなびっくりしなくても」
「この電話だって、わたしからかけたようなものだし……」
「でも、皆で話したり遊んだりする時間を奪ったりしてるんじゃない?」
「そんなことないよ。わたし、ナベくんと話してるの……すき、だし……」
「え?ごめん、よく聞き取れなかった」
「な、なんでもないよ!楽しいから気にしないで!」
「そっか、ありがとう」

ごにょごにょと、つぶやいてしまった言葉はやっぱり聞き取られることはなかったけれど、気を遣わせたくないし、これで良かったんだと思う。

「ねえ、ナベくん」
「なに?」
「おみやげ、いっぱい買って帰るね!」
「うん、待ってる」

きっと電話の向こうでは、あのふわふわした暖かい笑顔を浮かべているんだろう。待ってるなんて他意は無いことは分かっているけれど、とろけそうなくらい幸せな気持ちになる。そしてやっぱり、好きだなあなんて思うのだ。



寂しがりやのアンドロメダ

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△魔女
△100g

2度目のナベちゃんです。2度目でも特に進歩することはありませんでしたが、ナベちゃんはかっこかわいいと思います!!

160505 唇触@りりこ
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