よし、誰もいない。まだ誰も部室に来ていないことを良いことにこっそりと男子更衣室に忍びこむ。目的は部活で所持している電子体重計だ。友達に二の腕を揉まれながら「なまえ、ぷにぷに〜」と言われてもしやと思う。いや、毎日鏡を見てうすうす気づいてたんだけど、さあ。ピッとスイッチを入れて「0」が表示される。あまり増えてませんよーに、と祈るような気持ちでそろりと片脚を乗せた。そして、もう一方も。
「うっわあ……」
しゃがんでも、表示されたデジタル数字は変わらない。気持ちも体重も重いんですけど。全然体重計に乗って無かったけど、まさか、2キロ増えているとか。いつの間に、そしてどこについたんだぷにぷにお肉め。はあ、とため息をついて頬を撫でるといつもより若干柔らかい気がした。ううう。
「こ、壊れてるのかなあ」
「壊れてねーよ」
「え?」
「みょうじ、体重増えたのか?」
「きょわあああああ!?ま、枡さん!」
「うるせえ」
目の前の数字とにらめっこしていたせいで、後ろに人が立っていることに気づけなかった。ぴょんと飛び降りて、数字をさっと隠すけれど手遅れっぽい。よりにもよって枡さんに知られてしまった。しかもうるせえって言われた。そっちの方は言われ慣れてるからいいけどね!
「そんなことより、見るなんて酷いですよ!さすがのわたしもおこですよ!」
「お前がこんなとこで体重計乗ってんのがいけねぇんだろうが」
「そ、そうですけど、こっちにも乙女のプライバシーってものがあるんですよ」
「はあ?」
「すみません調子に乗りました」
理由がなんであろうと男子更衣室に忍び込んでいたことはわたしに非があるため謝罪する。その怪訝そうな表情も素敵なんですけどね!怒られているにもかかわらず、にやけてしまいそうになり、口元に手をやる。 でも、枡さんがかっこいいのが悪い。わたしの中での男前グランプリ堂々の優勝なのだから。今日も目の保養です。
「で、何してたんだよ」
「いや、一部始終見てたじゃないですか」
「見てても分かんねえよ、変態か」
「へ、変態ではないんですよ!断じて!」
「で、お前の体重は何か関係あんのか?」
「ピンポイントでそれですって!増量を心配して、こっそり体重計を拝借してたんですよ」
「それで見つかった、と」
「そうです。お恥ずかしいところをお見せしました……できれば体重に関する記憶を消していただきたいのですが」
「無理だな」
「即答!」
そんな風にばっさりと切り捨てられた後、じっと枡さんがこっちを見つめてくるので、これはもしや恋が始まるのではないかと胸が高鳴った。けど、夏服から出た部分ばかりに視線をやりながら「丸くなったか…?」という呟きを聞いて現実に引き戻される。わたしは「あまり見ないでくださいよ!」と腕で体を隠した。
「間違い探しみてえなモンだよな」
「分からないなら分からないで良いんですけど……」
「常とかクラスも同じだろ。何か言われたりすんのか?」
「いや、常くんは『なまえちゃんは食べてる姿も含めて可愛いっす。ぽっちゃりでもありっす。って言ってくれます」
「お前、買収してんのか」
「ケーキで手懐けました!一緒に食べて一緒に増量してますね!」
「胸張って言うことじゃねえよ!」
「うーむ、それは悔しいほどに正論ですね」
「で、」
「え?」
「答えは?」
「な、何のですか」
「丸くなった場所の」
「そんなこと気にしなくて良いんですよ!」
「言え」
「に、二の腕や、輪郭あたりがぷにょんとしているような気がして……」
「ふーん」
「ちょおおおおおおお!」
「はあ?なんだよ急に!」
「だって、にの、二の腕触ろうとするから……」
「過剰に反応してんじゃねーよ、恥ずかしいだろうが」
「過剰にもなりますよ!二の腕と言えば胸の柔らかさと同義と言われてるのをご存知無いんですか!?」
「知らねーよ」
「つまりですね、枡さんはわたしのおっぱいをモミモミしたい願望があると……」
「………」
「あああ!痛い痛い痛い!ごめんなさい!謝りますから無言で二の腕をつねりあげないでください!」
鬼の形相でわたしのおっぱ…じゃなくて二の腕をつねる枡さんに涙目になりながら謝罪をする。危うくちぎり取れるところだった。いや、贅肉だしちぎれたらちぎれたでいいのかもしれないけど。ようやく離してもらった痛い部分を優しくさするとふよふよと柔らかかった。
「……女の腕ってやわらけーな」
そう、思慮深い表情をしながら呟く。彼の腕が太くたくましいことを知っていながらも「そういう枡さんは?」と尋ねると、何のためらいもなく差し出してきた。わたしはおそるおそる筋肉に覆われた腕に触れる。かちこちだ。わたしが目をまあるくすると枡さんは少しだけ自慢げにしていた。
「これでも鍛えてんだよ」
「おお……め、めっちゃかたいです!わたしも目指しましょうかね」
「しなくていいっつーの」
「ムキムキなみょうじではダメですか」
「需要ねーよ」
「無いですか!うーん、でも痩せたいです!スレンダーちゃんになりたい!」
「お前それ定期的に言ってねえか」
「……おっしゃる通りで」
それは何故かと言うと継続しないからの一言に尽きるんだけどね。過去の失敗の数々をまとめると自然とそうなってしまうなあ。痩せたい痩せたいと言うものの、太ることの簡単さに見合わないくらい痩せることは難しいんだから仕方ない。日課にしようと決めた腹筋は三日と持たず、間食をやめようとしたら常くんがお菓子の誘惑をしてきたし、当然のごとく敗北したし。
「で、でもでも!今回こそは!」
「………」
「な、なんです!その疑うような目は!」
「疑ってんだよ」
「や、やっぱり……」
「お前前科あるからな」
「うう、誘惑に負けずに頑張る方法ってないんでしょうか?」
ねえよ、とばっさり切り捨てられるんだろうな、どうせ。何て思っていたら、枡さんはため息をひとつついたあとに、優しく笑った。そんな不意打ちに思わず胸を鷲掴みにされる。ずるい。
「仕方ねえな……痩せるまで俺が一緒に走ってやるよ」
「えっ!今なんて!?」
「だから一緒に走るって……」
「そ、それはもしや」
「なんだよ」
「デートのお誘い、だったり……?」
「ば、バカ!そんなんじゃねえよ」
「良いんですよ〜わたし枡さんにそう言っていただけるだけでご飯3杯いけますから!」
「だからそれがデブだっつってんだろ!」
「それもそうですね!2杯にします!」
「オイ、お前痩せる気ねえだろ」
そうやって頭を小突かれるのも、全部嬉しく感じてしまうのは変なのだろうか。枡さんと一緒の時間が増えた、それが嬉しくて、気持ちは一気にふわふわと軽くなる。恋する女の子は単純なのだ。
女の子はじめます_________
title 魔女
まろやかな話を書こうとした結果。
始めてきちんとした(?)枡さん。
140903 唇触@りりこ