金曜日の夜はなんとなく達成感がある気がする。日曜日の夜になんとなく絶望感があるのはさておき。そんな自分へのご褒美のつもりか、学校から帰って無性にDVDが借りたくなったわけでありまして。と、いうか映画が見たくなった。あ、うん、ひとりだけれども。そんなのは別にいいんですよ、どうでも。群に群れた中学生じゃあるまいし、高校三年生になったらおひとりさまも快感になる、はず。

財布だけ手に持って、近所にあるレンタルショップにとことこと歩みを進めていく。そうして自動ドアをくぐり抜けたところで大事なことに気づく。カードがないとかそんなことじゃないんだけど。

「忘れてた。非常に浮く」

あたしがひとりであるのは個人主義で颯爽としていてしかも堂々としていて惚れ惚れするくらいなんだけれども、いかんせんこの時間帯にはいちゃいちゃとくっつく恋人たちが多いんだっけ。そういうわけでどことなく切ない思いをする。

あーあやだやだ。これからどっちかの家に行って、ふたりがけのソファに座って身を寄せ合いながら映画鑑賞でもするんですねわかります。すぐそんなことを考えてしまうのはやっぱりさみしいから、だったりして。先月別れた彼氏のことをふと思い出して、すぐにかき消す。ふたりの楽しさを知るとひとりの寂しさも大きくなるのかもしれない。

だからといって引き返すのも癪だしさっさと借りて帰ろう、はい決定。何を借りるか決めてなかったけどこればかりは話題性と自分の直感を信じるしかない。ただ、今までのあたしの経験から言うと邦画のラブストーリーは七割方途中でむずがゆくなって断念してしまう。ヒロインが男を振り回すタイプだと中盤にさしかかる前に停止ボタンを押すくらいだ。心がささくれてるのかもしれないけど、それはほっとけ。

「ヒャハハ!純さんそれはやばいっすよ」
「うるせえな!別に借りねえよ!」

……あれ?聞き覚えのある声がした、ような。あたしのいる棚の裏側から。逃走か声をかけるか、この二択どうしようかと迷いながらも、よくよく考えたら人違いの可能性もあるし、とりあえず様子をうかがうだけ。ひょこっと顔だけ向こうに出すとこれまた後輩と同級生によく似た男子高生が四人。伊佐敷と倉持と御幸と降谷……?声だけじゃなくて姿も似てるってことはまあつまり本人なんじゃないかな。さて、どうしたものか。

「……少女漫画だけじゃないんですね」
「ちょっと視界に入って手に取っただけだろうが!それもいけねえのかよ!」
「ははっ、萌え系はさすがに。健全な男子高生としてはAV借りるより引きます」
「うわ、御幸に引かれるって相当っすよ!」
「だから借りねえって言ってるだろうがああああっ!」

二択のうち一つが消えた。萌え系ってお前。つまり逃げるしか選択肢がない。こんな修羅場に首を突っ込んじゃだめだ。折角今日は金曜日なんだから、幸せに行こうじゃないか。四人が会話に夢中になってるうちに、適当にDVDを取り、そろりそろりとレジに向かおうとした。しかしながら御幸一也は信じられないほど目ざとい。お前のメガネには探知機でもついてるのか。

「あっなまえ先輩」
「……!わあ、偶然」
「ひとりですか?」
「部活お疲れさまー」
「会話噛み合ってないんですけど図星なんですね」
「あーあー聞こえなーい」

御幸が話しかけてくるからほかの三人もこっちに気づいて視線が集まる。おいこら倉持はにやにやしすぎだろ。いや、真顔になられても怖いんだけど。でも絶対あたしがひとりなのを面白がってるだろこいつ。対照的に降谷は何も顔に出ていない。案外何も考えてないのかもしれないけど。え、どうしよう、とりあえずはぐらかそうかな。ちらり、と同級生の姿を見る。

「いさしき、」
「ああ?」
「あんた何借りるの?」
「お前には関係ねえだろ」
「ヒャハハ、純さん女の子にそんなこと言っていいんすか」
「こいつのどこが女の子だ」
「なまえ先輩はちゃんと胸ありますよ」
「死んで、御幸いますぐ死んで」
「ははっ、かばったのに」
「いや、頼んでないから」

御幸を一瞥してさらりと斬り捨てる。それでもあたしが本気で怒ってないことが分かってるようでその顔から笑顔は消えない。あー…あたし今まで笑顔ってもれなくきゅんとするものだと思ってたけど訂正、こいつのはちょっといらっとする。そんなことを頭に浮かべたすぐ後に伊佐敷が口を開いた。

「で、何でお前一人なんだよ」
「あれなにこれデジャヴ?」
「ははっ話戻りましたね」
「ほんと話題変えたい」
「みょうじお前、前は彼氏と来てただろ?」

絶対聞かれると思った。だから触れないようにしようとしてたのに。気まずい空気になったのが分かったのか、後輩たち三人はレンタルしてくると言ってレジカウンターの方へ消えていった。あたしだってこの場を立ち去りたいよばか。別れたことに対して未練がましくなることはないけれど、ひとりであることを指摘されるのはまだ慣れない。でも強がって、じっと伊佐敷を見つめたまま唇を動かした。

「……今あたし彼氏いない歴1ヶ月なんだけど」
「……悪い。別れたのか」
「うん、まあ」

思い出すとまだつらくて目を伏せる。その位置からでも伊佐敷が困った顔をしてがりがりと頭をかいているのが見えた。そんなんで気のきいた言葉が思いつくのか。気を遣わせるのも申し訳ないくらい。引きずっててごめんなさい、としか。

「あー…その、なんだ、」
「なによ」
「忘れるために次の恋するのも良いんじゃねえか?」
「……気が向いたらね」
「向かせてやるよ」
「……えっ?」
「なんだよ、そんな間抜け面すんな」
「ええと……伊佐敷が?」
「ああ?俺じゃ悪いかよ」

ぽかん。擬音がつくなら本当にそんな感じ。何であんたいきなりそんなこと言うの意味わかんないから理解できるまで言ってもらっても良いですか、キャパシティを超過してて、驚きだけが体中を巡る。

こんなときどんな風にかえしていいかわかんないよ。伊佐敷のことそんな目でみたことなかったのに、意識してしまうじゃないか。好きになるかとか付き合うかとかはまだ分からない。でもとりあえず、悪くない、とは解答できる。

「伊佐敷、」
「……何だよ」
「DVD一緒に見る?」
「お、おう」

だからスタートラインは切った、のかもしれない。


命短し恋せよ乙女
(たわいもない六十億分の一)
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