これの続き/はれんち





恋愛なんてゲームでしょ。そう思っていた。シュミレーションもので例えるなら難易度がイージーに設定されてるんじゃないかってくらいちょろい。ステータスをわざわざあげたりすることもないし、もっと、駆け引きした方が面白いのに、すぐ攻略完了してしまう。過程を楽しみたい派としては面白くないじゃん、なーんて。

そんな話をした相手、なまえさんは、顔をしかめ、嫌悪感をあらわにしていた。全くもって予想通りの表情がそこにある。そんなに怒るとシワになっちゃいますよ。折角可愛い顔してるのに。ま、好意の欠片もない視線を見てるとゾクゾクするけど。

「やだなあ、どうしたんすか」
「………」

分かっているのに分かっていないふりをして、不機嫌になる彼女の顔を見たくなってしまう。気がつけばぺろりとなぞるように乾いた唇に舌を這わせていた。

「別に変なこと言ってるわけじゃないでしょ俺」
「……十分変なことだと思うけど」
「ふーん」
「良かったね、モテモテ人生で」
「あーなんか嫌味っぽい」
「そう聞こえるんなら、そうなんじゃない?」

なまえさんは冷めたトーンで一言告げたっきり、ふいと俺から目をそらした。これ以上邪魔をするなと言わんばかりの雰囲気で、かち、と彼女の持つボールペンのノック音が鳴る。よくよく見てみると、押す部分が猫の形になっているデザイン。自分で買ったのか貰い物かは分からないけど、機能性よりも見た目を重視したそれは、張り詰めた空気のこの状況からは浮いていた。そして、もう片方の手にはチェックシートを挟んだボードを抱えている。

先輩がマネージャー業の一環として、月に何度か昼休憩を使い備品の確認をしていることは知っていた。だから来たんだけど。ほら、部室に二人っきりとか、一度は憧れる状況だし?

「今日、買い出し?」
「……そのつもり」
「手伝いましょうか?チェックするやつ」
「いらない。ひとりでできる」
「ふーん」

ボックスから取り出したテーピングを種類ごとに積み上げて、ペン先を向けながらいち、に、さん、と数を数えている。もう手慣れた作業なんだろう。まあ、別にいいけど。

「……だから、わざわざ私といる意味ない、よね」
「えーそれとこれとは別でしょ」
「……私、極力ふたりっきりにならないように避けてるんだけど」

そう言って彼女は髪を耳にかけた。染めておらず、よく手入れされているであろう髪が揺れる。髪の毛の黒と、対照的な色白い耳。甘噛みしたくなるやわらかそうな耳朶が無防備に晒されていた。誘ってるような仕草を無意識にするなんて、どうかしてるでしょ。

遠慮するような小さな声で「避けてるんだけど」なんて言われても、ああ、やっぱりなとしか思わない。突っぱねるような言葉も態度も、本心からできる人じゃないって伝わってくるからおかしくなった。でも、断りきれなくてずるずると溺れていく彼女の優しい一面は存分に利用するんだけど。唇の端を釣り上げて、その言葉を否定する。

「でも、無駄ですよ」
「なんで、」
「俺は一緒にいたいから、ふたりっきりになろうとしてるんだし」
「……な、何言ってるの?」

一緒にいたい、なんて、すごくバカみたいな口説き文句だけど、俺はなまえさんと、穏やかな春の陽だまりのような関係を望んでるわけじゃない。俺のことしか考えられないようになればいいのにっていう気持ちと、攻略できそうでなかなかできない駆け引きの狭間にいたいが為の言葉でしかないんだから。彼女は一瞬目を丸くして、それから、ぎゅっと唇を固く結んだ。なーんだ、効果抜群じゃん。

なまえさんが俺を拒絶できないのは、優しいからだけじゃない。後輩に強引に迫られて、逆らえなくって、言うことを聞いてしまう状況を心の何処かで待ちわびていてるからだ。そういう服従したい欲望が、日頃、真面目を演じている彼女の裏側にある。今だって。

「耳、赤くなってますよ」
「……そんなこと、あるわけないでしょ!」
「ありますって」
「……っ!」

強い口調だったけれど、言葉とは裏腹に体は正直だった。白い肌に赤が差し込んでみるみる色が変わるのと、そうさせたのが自分だという事実にどうしようもなく満たされる。興味本位で、熱くなった耳に触れれば、なまえさんは微かな声を上げて震える。その拍子に数えていたテーピングがひとつ床に落ちて、転がった。あ、動揺してる。今はちゃんと異性として意識されているんだ。余裕あるふりして、後輩扱いしていたいつもの姿が少しずつ崩れて行っているのが分かる。

「あーあ、なにしてんのなまえさん」

床に落ちたテーピングを拾って、気休めながら汚れをはらう。土の上じゃないことが幸いして、汚くはならなかった。決して安くはないから大事にしないと。穴の部分を指に通して、弄ぶようにくるくると回す。彼女はバツの悪そうな表情を浮かべていた。「太陽の前で弱みを見せるなんて」とでも言いたげに。

「そうだ、テーピングで両手首をぐるぐる巻きにしたら、取れなさそうだよね」
「………」
「あれ、もしかして想像した?」
「して、ない」
「身動き取れない状態で、色んなところを触られてさ、ゆっくり焦らすようにだったり、求めるように激しかったり。抵抗することもできなくてなすがまま」
「……っ」
「しかも、場所は部室で、いつ誰が来るかもわからない」
「やめてよ、太陽」
「どう?ドエムのなまえさんが好きそうなシチュエーションだと思わない?」
「………っ」
「ホント、興奮しますよね」

俺も、なまえさんをそうしたい。そういう気持ちがあるのは嘘じゃない。

「なーんて、やりませんよ。備品もったいないし」
「……当たり前でしょ」

彼女はパッと俺の手からテーピングを奪い、もとの場所に戻す。こんな状況であるにも関わらず、再び備品チェックの作業を続けようとしていた。また、だ。折角男として見てもらえるようになったのに、また一線を引いた態度になる。彼女は「先輩」で俺は「後輩」。そんな関係が嫌で仕方ない。だから、何度でも壊したくなる。

「なまえさん、かまってよ」

ここまでしててそっちに目を向けるとかおかしいでしょ。意外と華奢な身体に後ろから抱きつく。嫌だったら振りほどけるぐらいの強さで。けど、彼女にはそれで十分だった。

諦めたような調子で、はあ、とため息が漏れるのが聞こえた。それからボードとボールペンを机の上に置き、手が俺の腕に添えられる。こうやって、結局折れて従うのがみょうじなまえさんという人間だった。

「……こんなこと、私以外にもしてるんでしょ?」
「なんの話?」
「別の女の子と仲良くしてるの見かけたんだけど」
「ああ、あれね」
「……そんなあっさり言うこと?」
「まあ、見せてたようなものだし」

同時攻略とか、そういうわけじゃなくて、強がってるなまえさんの前で、他の女の子を攻略しようとしたら、どんな反応を示すか。それが知りたくてやった。言うなればただの興味本位で。まさか先輩からその話題に触れてくるとは思ってなかったけど。首元に顔を寄せて、細い首筋に唇を落とした。

「どんな気持ちでした?」
「……別に、なんとも思ってないよ」
「へえ、そうなんだ」
「……なんなの」
「俺にはそう思えなくて」
「………」
「切なそうな、苦しそうな顔してた」
「……目、おかしいんじゃないの」
「嫉妬してるように見えたけどね」

他の子と一緒にいる時に感じた、突き刺さるような視線を思い出すと、どうしようもないくらいの優越感に浸れる。首筋に跡を残すように強く吸うと、彼女の口から荒く吐息が漏れた。それが妙に艶めいていて、昂りを抑えきれない。

「言えるわけ、ないでしょ」
「なにが」
「……自分以外に迫ってる太陽の姿を見たくないなんて」
「ふーん、独占欲丸出しっすね」
「彼氏でも、好きな人でもないのに……」
「はいはい、そーですね。なる可能性はゼロじゃないけどね」
「……意外。そんなこというなんて」
「そりゃ言うこともあるでしょ」
「ゲームなんて、攻略したら終わりじゃなかった?」
「………」

自分がそう思っていたのは事実だ。後腐れがないように、落とすまでが一番楽しいから、欲求を恋愛ゲームで満たしていた。でも、やっぱりそれだけじゃ物足りないなんて言う気持ちもどこかにあったんだろう。それを指摘されたのはムカつくけど。何も答えない代わりに、彼女の太もものラインを撫でた。柔らかくて滑らかな肌。ニーハイを目の前で履いてもらったときの羞恥の表情を思い出す。またやってもらおうかな。

「た、たいよ……っ」

この関係は、歪んでいる。そんなことは分かってるけど。やめようなんて到底考えられない。歪だからなんだ。罪悪感なんて抱くわけねーじゃん。寧ろ、高揚して仕方が無いんだから。

「また、やめて、って言います?これから良いところですけど」

俺の問いかけに、首を小さく振ったなまえさんを見て、この人も普通の関係なんて望んじゃいないことを知る。早く俺のものになればいいのに。

アブノーマルゲーム

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△title 草臥れた愛でよければ

本誌にでてた太陽くんのSっぷりに負けて書きました。年に一回ぐらい太陽くんに攻略される話を書いてしまう衝動。色々すみません。

160504 唇触@りりこ
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