みんみんみん、蝉の鳴き声よりも私の方がうるさいかもしれないと思った初夏。虫の鳴き声に紛れることなく思いの丈をぶつけていた。いわゆる乙女心を持ちながら。

「雅さん、まささんっ」
「……うるせえ」
「本日も晴天なりですね」
「暑いだけだろ」
「そうですよね、暑いです。激アツ。そしてなんだかアイスクリームが食べたくなりませんか?」
「いや、別に、ねえよ」
「今ちょうどダブルを頼むとトリプルになるサービスがやってるらしいんですよ!一緒に行きましょう!」

時候の挨拶という当たり障りなくかつさりげない導入をもってしての一緒にアイスクリームを食べに行きましょう大作戦。私はこれを昨晩寝ずに考えた。天才すぎて自分が怖い。お陰で今日は寝不足だけれども、そんなことも気にならないくらい内心では自分の完璧さにうっとりしていた。きっと雅さんも私の手際の良さに惚れ惚れするに違いない。何を根拠にこんなに自信満々なのか分からないけど、雅さんは『知ったことか』の一言でこれを一蹴した。……あれ?隊長、思ったよりも敵将は手強く簡単に陥落しそうもありません。


「――で、なんで私は鳴といるの?雅さんは?」
「うるさいなーアイス食べたいんじゃないの?」
「うん、食べたい」
「俺がちょうどコンビニ行くとこだったからなまえは荷物持ちね!」
「あの、ごめん、意味が分からないんだけど」

何が起こったんだっけ、と目の前で上機嫌で笑う関東ナンバーワン投手の肩書きを持つこのお子様エースに目をやりながら私は漠然と思っていた。雅さんにアイスクリームをあーんとしてもらう夢のような計画はまさに夢でがらがらと崩れ落ちるような音がした。つつ、ぽたり。頬に汗が伝って下へ落ちる。汗よ、落ちていく気分は案外お互い様かもしれないね。

「雅さんになまえの面倒見てやれって言われたから、なまえは俺の手下なの。分かる?」
「あーできれば分かりたくないねそれ」

どうしたものかと思った私はきょろきょろと周りを見渡して……いた!対照的な白と黒。視界に入ったのは、ちょうど部室から着替え終わって出てきた白河とカルロスだった。ぱたぱたとカッターシャツの胸元を掴んで扇ぐ仕草は近くで見るには刺激が強そうだな、と思いつつも目下のラブは雅さんに向かう私は気にすることなく二人の名前を呼んで手招きした。横で鳴がぷんすかしてるけど知ったことか。

「何であいつらまで呼ぶの!?」
「手下は多い方が良いんじゃないですか?め、い、さ、ま」
「俺はなまえとふたりっきりがいいのに……」
「却下」
「あああああっ!白河とカルロスこっちくんなー!」

この二人もさすがと言うべきか、雅さんほどまではいかないけど、鳴の扱いに慣れていて、お怒りの我が儘エースをスルーしながらこっちへやってきた。白河は表情に変化なし、カルロスは面白いおもちゃを見つけたかのようににやにやと笑っている。私は苦笑い。三者三様、まちまちな表現方法でどれが正しいのかははっきりしなかった。

「なに、みょうじ。つまらないことだったら怒るよ?」
「えっ、コンビニにアイス買いに行くから一緒に行こうよ」
「ああ、断られてたやつの埋め合わせ?」
「しらかわくーん、オブラート忘れてますよー」
「……とりあえず、俺パス。カルロスは?」
「え?……あ、いや、俺も、いい。鳴と二人で行ってこいよ」

その言葉を聞いた瞬間にへへん、と鳴が勝ち誇った顔をしたのが水晶体を通り抜けた後、私の網膜にやけにはっきりと映った気がした。厳密に言っておくと受け取ったのは大脳なのはともかくとして、何この子、腹立たしいんですけど。ふたりともたまには空気読めるじゃん!ってやかましいわ。助けだと思っていた二人からの思いも寄らぬ裏切りに動揺した私は『ばかーあほー』など幼児退行したかのように喚いたが相手にしてもらえなかった。

「お前らお子様どうしお似合いだよ」
「アイスやめてお子様ランチ食べに行けば?」
「なまえ!俺たちお似合いだって!」
「なにこの都合の良い耳!」
「はやくいこーよ!」

私だって雅さんのような大人びていて誠実そうな日本男児に行くぞと手を引かれたら一生ついていくつもりになるんだけど、ぎゅうと力加減も知らずに掴んでくる鳴とだったら我が儘な弟と言いなりのお姉ちゃんみたいだ。それが私たちらしくて良いから贅沢な悩みなんだけど。よたよたとうまくステップが踏めない足をおぼつかなく動かしてなんとかついて行こうとする。じゃりじゃりとアスファルトの上に転がる石と靴の後ろがこすれあっていた。ばかつゆきにバカルロスが手を振っていたけど見ないことにしよう。

「――なまえはアイスなにが良い?」
「ええー……美味しければなんでもいいかな」
「食い意地はってやんの」
「うっさい!」

ぶん、と掴まれていた手を軽く振り払って、鳴の数歩先を行くようにすたすたと歩みを速める。鳴は鳴で負けず嫌いなお子さまという性分だからすぐに私の位置に追いつき、追い越す。くそう、歩幅の差かな。だらだらと日に照らされて浮かび上がる汗が肌を伝っていって気持ち悪い。ごし、と長袖を捲ったブラウスの袖で顔をなぞる。日焼け止め、落ちないと良いんだけど。

「俺よりなまえの方がうるさいじゃん」
「はいはい。それで、そういう鳴はなにが食べたいの?」
「なまえ一緒に食べれるならなんでも!」
「……ガキ」
「素直じゃないなまえの方がガキ」
「私はアイスクリームのように冷たいんでね」
「でも、アイスって甘いよ」

しってるよ、それくらい。それでもって熱には決して叶わなくてどろどろと融けてしまいそうになるんだ。不意に重なる陰、あんなにまぶしかった光が遮られる。子供っぽい様相が笑顔を奥に潜めて、掠めるように唇を奪う。触れて、すこしだけぺろりと味わわれる。どきどきどき、一連の流れをまるで他人事のようにしか思えなかった。あれ?しょっぱいじゃん!と文句を言う鳴を見て、ようやくこれが現実なのだと思った。コンビニまでの道のりは後少し。

アイスクリーム・シンドローム
(君とちゅうする白昼夢)

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めいたんそれ略奪。
ちょっと時期ずれ。
トリプルはとてもうまし。
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