「あの……先輩のこと、好きなんです!」
「あー、うん」
「バスケしてるところとか、カッコいいし、優しいし……王子様みたいだと思います!」
「そっか、ありがとう」
「えっと……」
「……でも、ごめん。気持ちだけもらっとく」
「わ、私じゃだめですか?」

新学期、それから入学式が終わってから幾分か日が経った頃。少ないけれど、風に揺られて木からひらひら落ちる淡い桃色。そして放課後の校舎裏、桜の木の下での告白だなんてまるで少女漫画みたいと言っても過言じゃないだろう。こうして絶好のシチュエーションに遭遇できたことは興味深い、けど。

ふわり、また風が吹いてたなびくスカートは、ふたつ。彼女のものともうひとつ。そうだよ『私』じゃだめなんだ。困りながら頬を掻く。ホント悪いけどオンナノコだから、私も。


ベイビーシュガー


別に、かっこいいっていう言葉は嫌いじゃないんだけど。お世辞にも女子がもてはやすような最近のイケメンとは言えない強面の男子からは「言われないよりもずっと嬉しいありがたい事だと思えよテメェ」と説教されることもしばしばあるくらいだし。そんなんだから一層怖く見えるんだろうなあと思いながら女の子に優しくしていたら、いつの間にかこの位置を確立していた。まあ、悪いことでは無いんだろうけど。

「んー……」
「どうしたみょうじ、元気がないな」
「クス……どうせまた女の子から告白されたんでしょ」
「……見てた?」
「あ、図星だったんだ」

予想外の呼び出しで、鞄やら何やら全部教室に置いたままだった。早く取りに帰ろう。そう思ったところで、ばったり。昇降口で遭遇したのは亮介とクリスだった。二人はこれから部活ってとこだろうか。うちの野球部は強豪なだけあって、運動部の中でも特に忙しい所に分類されるし多分そうなんだろう。事実、他県から来た推薦組も多いし。

見られたと疑いをかけることに対して「いつものことなんだから言えば当たると思っただけだよ」と亮介はにこやかに笑った。うわ、してやられたな。隣に立っているクリスは曖昧な微笑みを浮かべ、中立だと言うことを示している。

そういやこの二人の組み合わせって珍しいなあと思えば「聞きたいこともあったし一緒に部活に行こうと思って」と返された。……ちょっと待って、今の声に出してないんだけど。考えを読まないんでほしい。そんな驚きを押し込めつつ「へえ」と続け会話を成立させた。

「で、オッケーしたの?」
「何のこと?」
「告白の返事に決まってるじゃん」
「……そりゃあ、断ったよ」
「はあ、なまえってホント贅沢だよね、何人の女の子泣かせてんの?お前には良心ってものが無いの?チクチク痛まない?」
「余計なお世話なんだけど」
「はいはい、そんなんだから彼氏できないんだよ」
「了承したら危うくみょうじが彼氏になるところだったがな」

クリスの的確なツッコミに私は「ですよねー」と苦笑いを浮かべることしかできなかった。彼氏はさすがになあ。

女の子に告白された回数は幼稚園のころに「おおきくなったらなまえちゃんとけっこんするの〜」と可愛らしいふわふわした女の子から言われたことから数えればもう両手じゃ足りない。対して男の子は友達かライバルがはたまた別の意味で慕うかのどれかで、告白以外の呼び出しが多かった。

仲睦まじく愛を語った回数はゼロでも拳で語り合った回数は、といった具合に。あれ、何でだろう荷物はなにも持ってないはずなのに思い出したら気が重い。

「ま、優しい男が好きって女の子は多いからね」
「誰が男って?」
「みょうじは女子だろう」
「クリス!」

さすが友達だと言わんばかりにクリスの方を向く。思わず顔が緩んでしまう。そんな様子を見て亮介は不満そうな声を上げた。

「えー」
「えーってお前。私、女の子なんだけど」
「心配しなくても趣味は可愛いし立派なオトメンじゃん」
「オトメン?なにそれ?」
「おそらく乙女な趣味を持つ男子のことだ。少女漫画の名前でもある」
「ちなみに純が好きなやつだよ」
「……あのさあ」
「あはっ」
「あは、とかかわいく言うのどうかと思うよ」
「可愛いんだから仕方ないよね」
「清々しいくらいに謙遜しないんだね」
「あ、そろそろ部活行かなきゃ。なまえの相手してる場合じゃないんだよね」

わざとらしく昇降口前にかけてある時計を見て、亮介は声を上げた。ずり下がるエナメルを持ち直して「じゃあねなまえ」と言いすたすたと歩き出していく。相手してなんて頼んだ覚えないっての!好き放題言われて少し悔しい。後ろを向いたあとにこっそり舌をだしたのは内緒だ。先を行く亮介を追う前に、クリスは私の方へ向き直って「お前は部活無いのか?」と訊ねてきた。

「あー、今日は休み」
「そうか」
「帰ってから走りこみするけど」
「……一人でか?」
「そうだけど?」
「女子が夜道を一人と言うのはあまり感心しないが」
「……」
「みょうじ?」

ああ、うん。言葉に詰まってしまう。クリスが訝しく思うのも分かる。多分不思議そうな顔を晒してしまったんだろう。でも、隠せないものは仕方ないじゃないか。夜道で自主トレなんてオフの日はそれが当たり前になってるくらいだってのに。そうか、言われてみて気付いたけど『女子が夜道を一人』なんだ。

「ああ、いや、女子扱いってされたらされたで変だね」
「そうか?」
「うん、それじゃあね。早く行かないと亮介に怒られるよ」
「ああ、そうみたいだな」

ひらひらと、後ろ姿に手を振って見送る。これから家に帰って、ご飯を食べて、自主トレをする。そんななんの変哲もない一日で終わるはずだった。自分にとって大きな出会いがある日なんて、思いもよらなかったんだ。




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