「ハヤテお兄ちゃん、卒業おめでとう」
私がアカデミーを卒業したのは、師匠の奥方が亡くなった次の日だった。当然式には顔を見せることなどなかったし、他の門下のお弟子さんたちもお葬式の準備で忙しくしていた。
子供の私には立ち入る隙はなく、その日もまっすぐ家へ帰り、任務で亡くなった両親の写真の前に卒業証を置いた。ふと声がしたので窓の下を覗くと、喪服を着た妹弟子がこちらに手を振っていた。
私は冷や汗が浮き出るのを感じながらすぐに下へ降りて彼女を叱った。
「なまえ、あなたが居ないと、先生はどうするんですか」
「でも」
「今は大変な時なんですよ。側にいてあげないと」
「でも、お兄ちゃんのお祝いしたかったもの」
私の腰に抱きつく十にも満たない歳の妹弟子は、とうとう涙目だったので、それ以上無下にはできなかった。
彼女とその母君はあまり仲が良く無かった。彼女自身は好いていたものの、母君の方は歳も若く、夫である先生のほうが大事そうであるというのは周知だった。
その報われない感情をいつも持て余しているのは彼女から感じていた。新しい剣技を覚えても、いつしか母君に嬉々として話すこともなくなっていた。
私もこれと同じような歳で両親を亡くしたが、思い出は沢山あった。だから折れずに今日までいられたと思う。彼女にはそれが少しだけ、欠けていたのだろう。
根負けして「祝ってくれてありがとう」と素直に言えば、泣き顔でうんと頷いた。これで私と同じくらい剣ができるからわからない。
手を繋いで道場へ向かうまでに、なまえは何度か渋ったが、それでも辿り着いた時にはまっすぐに父君のところへ飛び込んで泣いた。