カカシはすっかり温くなったマグカップに素顔で口を付け、一拍置いて私の顔を伏せ目に見遣った。どこか見透かされるように感じた。それは彼の代名詞である写輪眼とは関係ない。
第三者として初めて私たちの事件の前にやって来た彼は、恐ろしいほど冷静で、そして柔和だった。
「あの子は、ハヤテ、君という人でないと駄目だよ」
「どうでしょう……。私にはそんな自信は持てない」
「いや、きっとそうさ。俺では彼女を苦しめるだけだ。それがよく判ったから、君のところへ来た」
カカシから感じていた親しさに合点が行く。きっと彼もまた彼女を愛している存在なのだ。自らの欲や願望を度外視してなまえを守りたいと思う人間なのだ。
それが判るなり、私はひどく情けなくなった。彼の方がよっぽどなまえを助けている。私という存在の無益さが照らし出されているようだった。
それでも彼は、真っ黒な隻眼で私を見つめる。最後の望みとでも言いたげに長い長い対話を持ちかける。
「既に君には君の生活があるだろう。けれど彼女は3年前に止まったままだ。殺しが上手くなったところで虚無を煽るだけだ。
……なまえを未だ大切に思ってるなら、会ってやってくれないか」
「私も今まで、会おうとしてきました。けれどいつも叶わなかった。それは彼女の拒否の表れではないでしょうか」
「どんな顔したらいいか、分からないだけだよ」
苦笑する彼の方が、よっぽどなまえを判っていそうだ。私にはすっかり、遠くなってしまったから。彼のいうことが真実であればよっぽど良いと感じる。
「……遅くに済まなかった。君がいい奴で良かったよ、ハヤテ」
「いえ。……カカシさんは、彼女を縛り続けている記憶に私が居ることを、憎く思わないのですか」
「思わないよ。最初から君しか居なかったんだから」
だからどうか頼むよと笑む彼の目尻の皺は、無性に私を安心させた。まるで幼い日の、池の淵に集った私たちを見て笑むあの人のようだった。